第391話・お猫様

 猫に猫猫されているシエルは本当に嬉しそうな顔。


 猫は犬と違って柔らかい。ぼくの膝の上の白と茶色の猫は、もうぼくの両足に体重を預けてひっくり返って腹を見せてる。おい、腹って普通の動物はあんまり見せないものじゃないか?


「訓練されているとは言え、初対面で膝の上でヘソ天ですか。さすがはグランディールの町長」


「ヘソ天?」


「犬や猫と言った動物が、仰向けになって寝る姿のことです。安心してリラックスしていたり、甘えたり服従したりするときに見せる姿です」


 だらーんと伸びる猫。


 ごろごろごろごろ。


 ぐねんぐねん。


 なんだこれなんだこの生き物。


 尻尾までパタンパタンと振れている。


「あれ? 猫が尻尾動かすときって機嫌が悪いんじゃ?」


「一般的にはそうですが、これは遊びに誘っているんです」


「遊び?」


 猫と遊んだことがないので分からない。


「こちらをどうぞ」


 コチカさんが手渡したのは、棒の先に紐がついて、ネズミっぽいオモチャがくっついたものだった。


「何これ」


「猫じゃらしです」


「猫? じゃらし?」


「こうするのよ」


 既に猫じゃらしで遊んでいるフレディが見せてくれる。


 棒を持って、猫の目の前にネズミのオモチャを落とす。


 そして、棒を小刻みに動かす。


 最初興味なさそうに見ていた猫が、どんどん目がギラギラしてくる。くっ、くっ、と首を動かし、身構えてる。


 そして。


 バッ!


 猫が飛び出して、ネズミのオモチャに飛びつく!


 かと思ったら、フレディが棒を器用に動かして、猫の手からネズミのオモチャを逃がした。


 着地した猫がすかさず身体を動かして逃げたオモチャを追いかける。


 フレディのネズミと猫が追いかけっこをしている。


「これが、「じゃらす」です」


「なるほど……」


 猫が狩猟用なんて思わなかったけど、確かにこの動きを見ていたら狩猟していた獣だ。本能なんだろうな。


 しかし、あそこまでうまく動かせないなあ……。


「百聞は一見に如かず。やってみてください」


「は、はい」


 玩具を猫の目の前に落とす。


 それまでだらーんとしていた猫が、ぴくっと反応した。


 棒を軽く上にあげる。


 オモチャがぴくんと首をあげる。


 猫がぴくんとそっちを見る。


 くいくいと動かすと、その度に目が輝きを増す。


 くいくいくいくい。


 ぴくぴくぴくぴく。


 ばっ!


 猫が膝の上から爪を立ててオモチャに飛びかかったので、その痛みで思わず手を挙げてしまう。


 ぴょーんとオモチャが跳ね上がって。


 猫もぴょーんと飛び上がった。


「うわ!」


 慌てて棒を引くとオモチャが空中で直角に引かれた。着地した猫がそれを追いかけて再びジャンプ! 斜め下に降ろすと床を走って追いかける。


 なるほど、これは……面白い!


 最初に膝に爪を立てられたのはちょっと痛かったけど(後から聞いたけど愛玩用の猫で爪は切られていたらしい)、その後は面白かった。ひたすらネズミを追いかける猫。ちょっと動きを変えてやると反応して体勢を立て直して追いかける。どこまでも追いかける。面白い!


 しばらく走らせ続けると、猫がオモチャを追いかけるのをやめて、くてぇ、とぼくの背中に寄りかかっている。


「飽きましたね」


「飽きたの?」


「猫は気紛れですから」


 あそこまで夢中になっといて?


「それがいいんだ」


 低い位置から声が聞こえてきて、そっちを向くと、猫が胸や腹の上とか腕枕して寝ているのでピクリとも動けないシエルが目玉だけこっちを見ている。怖い。


「猫は突然興味を持って突然興味を失くす。それがいいんだ。そこがいい。犬のように人間に従うんじゃなく、人間がお猫様の為にお仕えする。それが素晴らしい!」


 素晴らしい、の所で力が入ったらしく、体が動いて上で寝ていた猫がぴょんぴょんと飛び降りる。


「あ~……」


 シエルの落ち込む声。


「それがいいんじゃなかったの?」


「うん……これが……いいんだ……」


 嘘つけ。逃げられて明らかに落ち込んでるだろ。


「この子たちだけじゃありませんよね?」


 フレディが笑顔で聞く。


「この人が変な注文を出してさぞお困りになられたでしょう」


「いえ、求める猫を提供する。それが私の仕事ですから」


 またコチカさんが鈴を鳴らす。


 猫が入ってきた小さい扉の次の大きい扉から出て来たのは、……うん、大型の猫だった。


「主に狩猟用として生まれながらも、気性が大人しかったために狩猟用としては使えなかった子がほとんどです」


「あ~」


 狩りをするには狙った獲物を逃さない執念深さと諦めないしぶとさと獲物を仕留める! という意思が必要。この子たちがぼくの膝の上で伸びていたような性格とすれば、……まあ狩猟用としては使いにくいんだろうなあ。


 にしても。


「デカい」


 ぼくは思わず呟いた。


 筋肉質で耳の大きいの、元が大きいのに毛が長くて更に大きく見えるもの、どれもこれも、今までいた猫の倍以上の大きさがある。


 ……デカい。


 そして。


 ……怖い。


 大きくて動きがゆったりで、動きも何もかもが力強い。この爪にうっかりやられたら、痛い目に遭う。


 一頭……ひきじゃない、とうだ……筋肉質で耳の大きい猫が、僕の前まで来て。


 身構えるぼくの前で。


「んなあごお?」


 横に崩れてヘソ天に倒れ、逆さに首を傾げて鳴いてきた。


 ……可愛いじゃないか。

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