第387話・いつも自分に正直なシエル

 全身念入りにバキバキからグニャグニャに揉まれまくったシエルがヘロヘロと出て来る。


「ひでぇクレー……」


「言った場所とタイミングが悪い」


 ぼくは冷ややかに対応した。


「女湯にいるのは男湯の人たちの奥さんや家族だって忘れたの?」


「忘れてた」


「シエル、最近煩悩に憑かれてない?」


「煩悩に憑かれる? 勘違いするなクレー」


 シエルはぐねんぐねんになった体を棒でも入ったようにピンと伸ばして言った。


「オレはいつも自分に正直なだけだ」


 …………。


 シエルが自分の欲求に正直なのは、よーく知っている。


 デザインを始めると寝食を本気で忘れるし、デザインが終わるとそのまま寝て、目覚めればベッドから出ずに寝たまま食事をしてシートスにめっちゃくちゃ怒られる。猫が触りたいと駄々をこねたり裸の女性が見たいと言い出したり。自由気まま度はアナイナと並ぶか、もしかしたら勝てるかもしれない。


 だけどね?


「それをちょっと控えろっつってんの」


「控えたらオレがオレじゃなくなる」


 ……それでこそ天才肌のデザイナーなんだろうなと思うけど。


「皆諦めてるだろ」


「シートスはまだ諦めてないよ」


「っかー、オレを真人間にしようなんて正気の沙汰じゃねー」


「てか頼んだの。シエル一人で放っておくと何しでかすか分からないから監視と教育的指導を頼んだの!」


「チッ、町長クレーも諦めてないとは」


「諦めません!」


 町のデザイナーの身体的安定と精神的安定は必要なんです、「まちづくり」のスキルを持っていても、他の才能、他のスキルが揃っていても、シエルのデザイン力がなかったらグランディールは成り立っていなかった!


 その偉業を自分自身把握しているけど気にはしていないのがシエルという男。


「さあー、次はどうする? 何作る?」


「会議堂戻って相談だよ」


「えー? 行き来する間が勿体ない」


「勿体ないって言うけど、その間がないとぼくがもたないの」


「なんで」


「スピティでぼくがひっくり返ったこと忘れたの?」


 あの時シエルもあの場にいたと思っていたけど勘違いだったのか。


「ん? ……んー。あ、あーあー。そう言うことも、あったかも」


「かもじゃなくて、あったの!」


 あの時は、さすがにスキルの無茶な使い方に、全身が悲鳴を上げた。指一本動かせず喋るのもしんどく全身ズキズキいう痛みは今も記憶にこびりついている。


 「」に味わわせてやりたかった……。


「オレは大丈夫だぜ?」


「嘘つけグランディールで一番ぶっ倒れ率が高い男が」


 きょとんとするシエルを連れて会議堂へ戻った。



「……なんで二人して赤い顔して戻ってきたんだ?」


 書類をまとめたりしているサージュとアパルが呆れた顔でこっちを見る。


「あ、薬湯試し湯したから」


「そうじゃない。薬湯に浸かったとしても帰ってくるまでには熱りは取れているはず」


「……じゃあシエルが悪い」


「オレが? オレが悪いの?」


「自分の欲求に素直過ぎるシエルが悪い」


「……シエル何やった?」


「男湯に入っている時に女湯から揉み師の依頼あったんだけど、その時様子見に行くなんて言い出すから、揉み師さんに念入りに揉まれてみんなに念入りに全部のお風呂試させられたの。だからシエルの自業自得です」


「あ~……」


 アパルもサージュも微妙な顔。


「俺だって嫁さんの風呂を覗かれたら全力で対応する」


「私は奥さんいないけど好きな女性が入っていたとしたら「法律」で何もできないようがっしがしに縛るよ」


「…………」


 さすがにサージュとアパルにまで言われたら反省せざるを得ない、と思ったか。


「……すいませんでした」


「この一件で猫の湯はまた遠ざかったからな」


「そんな! やめてサージュ! わたしは何にも悪くないわ!」


「気持ち悪いから女言葉やめてくれないか?」


「てかいらん事言う度、やらなくていいことやる度に猫湯は遠ざかるからな」


「……はい……」


 さすがにしょんぼりしたシエル。犬だと耳を垂れて尻尾を内側に巻き込むところだけど、猫だとどうするんだろ。……と聞くとまた猫欲が復活してくるから聞かないのが賢い町長のやり方なのである。


「次の湯はどうする?」


「そうだなー……」



 そのまま、しばらく湯処改装が続いた。


 提案書を出してもらって、大まかにまとまったところに「〇日行くよー追加案があるならまとめといてねー」と連絡を出し、その間にシエルがどんな外見にするかとかを考えて図面。あるいは想像しづらいと思ったら立体図面にしたりしてぼくに見せる。これで五日間くらいかかるかな?


 で、何となく想像図面を考えながら湯処の場所に行って、近所の人に会って、どんな湯がいいかを聞いて、シエルに更に図に起こしてもらって、想像できる形にする。


 で、みんなで祈って完成。


 一瞬で出来るけど、ぼくの勝負はその一瞬。


 間違えると頭からそのイメージを消してまた考え直さなきゃいけないから大変なのである。


 体にも以前ほどではないけど負担はかかるし。


 で、シエルはデザインした疲れを、ぼくはスキルを使った疲れを出来たばかりの湯に浸かって癒して次の場所へ。


 なんせ百か所くらいはあって、そのほぼすべてが改装を望んでるんだから、忙しいわ疲れるわ大変だ。

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