第386話・力仕事に欲しいもの

 早速湯処の中に入ってみる。


 脱衣所からですら感じる薬湯の


「いい匂いだなあ」


「ああ、草の香りは土の匂いとは別物だなあ」


 筋骨隆々の男たちは目を細めて匂いを嗅いでいる。


「早速入りたいんだが……ダメですかい町長」


「細かいところは修正するけど、確かに薬湯だと入らないと分からないことがあるなあ」


 よし、入ろう! と言うことになって、ぼくとシエルも服を脱ぐことになった。ちなみにシエルは防水紙と耐水インクのペンを袋に包んで持っている。



「まずは、普通の湯で身体の汚れを落とす」


「いきなり薬湯入るのはダメなのか?」


「ん~、確かに薬湯も循環してるから大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど……」


 サージュに忠告されたことを思い出す。


「薬湯ってやっぱ薬だから、汚れとかが混じるとあんまりよくないみたい。それにまず最初に身体を温めておかないと薬湯も効きにくいみたいなこと言ってた」


「なるほど、体を洗ってから薬じゃないとちゃんと効かないんだな」


「分かった。ちゃんと湯を浴びてからにする」


 男たちが頷いたのでほっとする。もちろんこの注意も脱衣所の絵注意に描いてあるけど、こうやって口でも伝えないと、特に疲れ果てて湯に入ろうとする男性陣は注意を見ないこともあるし。


 湯を浴びてから、さあどの薬湯に入ろうかなと言うことになって。


「オレ、怪我をしているからこっちの湯に」


「俺は腕の骨を折っているから隣の湯」


 わいわいと分かれていく。


 うん、至急薬湯が必要だったんだな。どの湯も満員だ。


 ちなみにぼくは熱りが取れる湯に入っている。


 薄荷の香りが微かにする風呂は、冷たいような熱いような不思議な感じ。でも確実に体に血が巡っている。ぬくぬくか冷え冷えかよくわからないけど気持ちいい。


「一気に押し掛けたから窮屈だな」


「陶土掘り終わりに入るとどうしても同じ時間だからこうなるかもな」


「順番決めるか?」


「そうだな。きつい所と新人と怪我人優先で……」


「……もうちょっと広げようか?」


「え?」「え?」


「え?」


 きょとんとした筋肉男たちにきょとんし返すぼく。


「湯処を一瞬で作れたんだから、一瞬で広げることも出来るよ?」


「本当ですか?!」


 うわ食いつかれた。ていうか筋肉男に囲まれてあっちこっちから期待の目を向けられるとちょっと。


「でも町が狭くなるのでは」


「町は広がるでしょ」


「そうだった」


「そうだなあ」


 ぼくは腕を組んで考える。


「この八割くらいが余裕で入れる広さなら、簡単に行けると思う」


「八割、ですか」


「全員余裕で入れる広さだと、それ以外の時間がらーんとするから」


「そうか……」


「俺は寝る前に入りたいぞ」


「儂は仕事終わりに」


「おいらは朝起きたらざぱーんと」


「それはこれまで通り一日いつでも入れるようになっているから、好きな時に入って」


「わーい」


「おっしゃあ!」


「うん、うん!」


 興奮する男たち。女風呂は大丈夫か? 見に行けないけど大丈夫か?


「町長! いっちょ揉んでいきませんか!」


 奥の揉み室に行っていた揉み師さんが声をかけてくる。


「いや、それならぼくよりシエルだろ」


「いいやあ、こういう場合、町長がまずしないと誰も揉めないぞ」


「え? そんな決まりあったっけ?」


「世間一般の常識として」


「グランディールに世間一般が通用するのか?」


「町長、やってくださいよ」


「そうそう町長が創ったんだから!」


 何故か「町長! 町長!」とコールまで巻き起こって、ぼくが行かざるを得ない状況になってしまった。


 ぼく、そこまで体凝ってないんだけどなあ。


 でも、仕方ないから揉み処に行ってベッドの上に転がる。


 オイルが塗られ。


「じゃあ、行きますよ……っ!」


 足裏を押される。


「うお」


 何か足底に溜まっていた疲れを散らされている気分。


 足の先から体の中心に上ってきて、仰向けにされて足の付け根からお腹全体をグリグリ。


 またうつ伏せにされて背中や肩。


「うん、やっぱり、ここが凝ってますね」


「え? あ、え、あいだだだだ」


 肩や首の後ろが痛いです……っ!


 悶えるぼくを軽く押さえつけて揉み師さんはぐりぐりする。


「で、最後は頭」


 指の腹で頭皮をぐりぐり。


「はい、終わり」


 ヘロヘロになって立ち上がると。


「……体が軽いっ!」


「はい! 最高の設備が揃って、最高の施術が出来るようになりましたから!」


 跳ねてみるけど違和感は何処にもない。


「じゃあ次シエル」


「あ~オレはいらない」


「ソファとか床で寝てる人間が一番揉んでもらわなきゃいけないんだよ!」


「お、シエル兄さんですかい」


「町長、命令があれば揉み処へ引きずって行きますよ?」


「よし行け」


町長クレー!」


 わっしょいわっしょいと筋肉男たちに運ばれて行ったシエルは、全身くまなくマッサージされていだいいだいと叫んでいる。


 凝っている所は痛いんだよね。分かります。


 シエルが揉まれている時に鐘が鳴る。


「女性湯から注文だ」


「よしオレが様子見に」


 いらんこと言ったシエルが強力なマッサージを受けて悶えている。うん、デザイン以外には興味がないって言ってる割には年齢相応に女性に興味もあるので。でも裸の女性相手に絶対に煩悩を出さず仕事をする揉み師さんや、恋女房に惚れ込んで力仕事している男たちには腹立たしいことだろう。うん、反省させてやってください。

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