第407話・湯処猫の湯

 最終案を出し終えた、と思い、ぼくはシエルを見下ろした。


「じゃあ、猫の湯はこれでいいね? あとからあれ加えたいこれ加えたいって言っても知らないからね?」


「……はい」


 さすがに反省したらしいシエル、背中にテイヒゥルの片前脚を乗っけられたまま、土下座体勢で頷くしかない。


 近所の人たちにも設計図を回し、色々想像してもらいながら、猫の湯が出来るのを祈ってもらう。シエルにもデザインを思い起こさせる。そしてそれを集結させて、ぼくはそれが出来上がるようにと力を発揮する。


 パシンッ、と音がして。


 出来たのは。


 ……何と言うか。


 茶トラのデカい猫。


 デカい猫が、香箱座りって言うんだっけ? 前脚見えないように座ってるヤツ。


 あれ。


 あれと言われても分からないんだろうから更に説明を重ねると。


 香箱座りした茶トラ猫型のどでかい建物が出来た。


「悔い……なしっ」


 ぐっと拳を作り、土下座体勢から親指立てるシエル。


「悔いなしじゃない」


 ぼくの言葉に、テイヒゥルがもう片前脚を背中に乗せた。


「ぐえ、重い、潰れる、潰れるっ」


「町と調和したデザインにするって言ってただろ! なんだこれ、完璧シエルの趣味だろ?!」


「まあ……中身とは合ってるんだけど」


 町民Aの感想。


「フェーレースに許可取ったほうがよくね?」


 町民Bの感想。


「一番趣味に走った建物だと思う」


 町民Cの感想。


 ……うん、ティーアはこの町にはまだまだ許容量キャパシティがあるって言ってたね。こんな物でも受け入れるキャパがあるんだね。でもこの異常物件を平然と受け入れるキャパはなくてもいいんだよ……?


 ぼくのスキルでも建物を作るのは結構大変なんで、作り直すのは出来るだけ避けたい。でもこれは作り直すしかないかもしれない……。ウサの湯は看板以外見た目はそれほどウサじゃないが、これは前から見ても右から見ても左から見ても後ろから見ても、そして多分下から見ても猫でしかない。猫にしか見えない。どうすんだこれ。


「とりあえず入ってみようぜー」


 町民の一人が声を上げた。


「潰すならその後からでもいいだろ」


「そうだな。ガキは喜ぶだろうが」


「ちょっと見た目が楽しいよな」


 ……町民の皆さんが楽しんでくれているようで何よりです。


「オ、オレも」


「シエルは、一番風呂はダメって言わなかった?」


「町長、御慈悲を~! せめて一度、一度なりとも~!」


 一度?


 謎の言葉が、脳細胞にピンと来た。


「……シエル」


「はい?」


「この建物、早々に潰されると思って創っただろ」


「え? な、なんのことだか」


 演技が下手過ぎる。


「ダメって言われるだろうけど一度作ってみたいと思って、ぼくのイメージ力を上回るイメージで力技で作っただろ!」


「だ、だって、猫の湯は、猫じゃないと」


「ウサの湯はウサギじゃない!」


「だって、そこまでやる気なかったから」


「やる気なかったってか? ノリノリでウサ絵やウサぐるみやウサ車を設計してたシエルが、あれはやる気はなかったと? なら本気を出したら……」


 言いかけてやめた。


 本気を出したら、なる。思い知ったところだった。


「テイヒゥル」


 がう? と両前脚をシエルの背中に乗せたテイヒゥルが小首を傾げる。


「シエルを見張っておいてね。そこから抜け出して猫湯に乱入しないように」


 僕は入らなくていいの? と更に小首を傾げてきたテイヒゥルに大丈夫と言って、ぼくは情けない声をあげるシエルをテイヒゥルに任せて猫の湯に入った。



 猫型湯処で幸いだったのが、口から入る方式じゃなくて、前脚の横方面にドアがあったことだろう。


 この湯、入ってから出るまで一方通行。うっかりすると口から入ってお尻から出て来ることになる。猫と触れ合ってさっぱりして綺麗になった服を着て出て来るのがお尻、となると目も当てられない。


 さすがにシエルもそこまでは考えなかったか。


「じゃあ、この湯処、出るまでに二回は入ることになるからのぼせないようにね」


 女湯に入る女性陣にも声をかけて、男性は建物の右足から、女性は左足から湯処に入っていく。


 入口に服と荷物を預けるような方式になっていて、素っ裸になって前に進むと広い湯。


「普通だな」


「普通だね」


「普通だよ」


 普通だ三段活用出ました。いや最後はぼくが言ったんだけど。


「猫の湯は猫と触れ合えるのが一番なんだから、風呂はヒートアップとクールダウンって言うか」


「湯が優先か猫が優先か」


「作り主は猫優先だと思う」


 心地よく温まりながら、シエルの猫への情熱について話し合う。


「町長は犬か猫か?」


「いや町長なら鳥だろ」


「エキャル? エキャルは可愛いよ」


「ほら鳥派だ」


「犬か猫かで言えば?」


「昔は犬だったけどフェーレースに行ってから猫もいいかなって思い始めた」


 「まみれる」という新しい言葉も知ったし。


「じゃあ次は犬の町行こう犬の町」


「サバーカか」


「ダメ」


 慌てて会話をぶった切る。


「ぼくがシエルみたいになったらどうすんの」


「面白くね?」


「言っとくけどね、ぼくはイメージした建物をグランディールに作れる」


「おう」


「犬にまみれて犬犬する人間になったらどうすんの。グランディールの建物みんな犬型になるよ。下手したらグランディールそのものが犬型になるよ」


 全員、一瞬、空飛ぶ犬の町を想像したんだろう。


 ブルブルッと首を振った。


「いや、いらないわそれ。サバーカから苦情来る」


「でしょ?」

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