第438話・我が町最高の料理人は
なるほど。
家で趣味で作るような甘味でも大変なのに、スラートキーの甘味職人として一流の味と数を作れるようになるには物凄い肉体能力と精神力と根性がいるわけだ。
そりゃあ、スキルなしで「ちょっと甘い物が作れるんだ」と自慢したいがためにやってきた生徒は去っていくよなあ。
そしてその苦労を省略するためにスキル持ちを……甘味でなくても近い料理系スキルの持ち主を探している、そう言う訳か。
「グランディールには足りないスキルはございまして?」
「うちですか。そうですね」
ぼくはちょっと考える。
「どのスキルも足りないと言えば足りないですね」
「あら」
カノム町長がちょっと目を丸くした。
「確かにグランディールは多方向に手を出していらっしゃるようですから、人手が足りないというのは分かりますが……」
「グランディールの今の目標は、ランクを上げることでも名声を広めることでもないのです」
「あら。では何ですの?」
「ぼくがいなくなった後も、グランディールが続いていくことです」
あら、とカノム町長更に目を見開く。
「続く、とは?」
「カノム町長はお考えになったことがありませんか?」
小首を傾げるカノム町長に、ぼくは続ける。
「かつてあったSSランク、「夢幻の町」トラオム」
まだ首を傾げている。説明が必要だな。
「エニュプソン・ソムニウムという名高い町長が一代で創り上げ、そして町長の死と共に滅亡した、夢のように素晴らしく夢のように消えた町ですよ」
口を押えたまま無言でぼくを見つめるカノム町長。
「ぼくがどれだけスキルに恵まれても、ぼくがいなくなって、町が道連れで滅んだら、ぼくの……ぼくたちグランディール町民の努力は無意味になってしまうでしょう」
「ええ……ええ」
「だから、ぼくが……既にご存知でしょうね、ぼくのスキルが「まちづくり」であることを」
頷くカノム町長にぼくも頷き返す。
「そんな便利なスキルで創り上げた町は……ぼくが消えたら、存続できなくなる。ぼくの大好きな町、ぼくの大好きな町民、ぼくの大好きなものすべてを、ぼくが消えることでダメにしたくはないんです。その為に必要なのは、ぼくが消えた後ぼくの穴を埋める存在です」
「でも、クレー町長のスキルは万能ではありませんの? その穴を埋めるとなると」
「大変です。だからこその成人後の追放なし、スキルなしでの就職の可です」
カノム町長の翡翠の目が真剣にこっちを見つめてくる。
「スキルで補おうとすれば、何処かが偏る。また、スキルだけで人材を見ればその仕事に真剣に取り組むであろう人を見逃す。我が町最高の料理人は、以前ファヤンスで最高レベルのスキルを持つ絵付職人でしたよ」
「あら、まあ!」
「ファヤンスで強制的に絵付けをやらされて、大好きな料理を作らせてももらえず、絵付に情熱も持てず、腐った日々を送っていたんです。それを知っていた知人がグランディールに来たのをきっかけに、ぼくはスキルで人を見るまいと決めたんです。必要なのは職に対する情熱とそれを継続する力。それがあればスキルと噛み合わない職でもできると、彼が証明してくれましたから」
もちろん、スキルがなければ出来ない職もある。
聖職者とか、移動関係とか。
でも、料理とか畑とか動物関連とか、スキルがなくてもいける職はどんどんスキルなし組にも広めていくべきだと思うんだ。
「そう……ですわね……。思えばあの教室に来ていた生徒は今一つ意欲というか情熱に賭けていた気がしますわ……。スラートキーを代表する甘味職人になるという、思いが……」
遠い目をするカノム町長。
しばらく猫を撫でながら考え込んでいたなと思ったら、不意に顔を上げた。
「グランディール最高の料理人は、スキルを持っていない方と仰いましたね」
「ええ」
「その料理人のお食事を、あたくしに食べさせては頂けませんか?」
「で、連れて来た訳か?」
休憩していたクイネがじろっとぼくを見る。
「そう。連れてきた」
「グランディール最高の料理人のお料理を味わわせて頂きたくて参りました。宜しくお願いいたしますわ」
「まあ、作れって言われれば作るが……姉さん、好物はなんだ?」
「甘い物ですわ」
ん~、と眉間にしわ寄せしばらくクイネは黙っていたが。
「分かった」
奥に引っ込んでいく。
「あら」
頬に手を当て首を傾げるカノム町長。
「あたくし、甘い物としか言っていないのに」
「クイネは可能な限りリクエストにこたえるのがポリシーなので」
苦虫を噛み潰したような顔をして、ヴァリエがお冷を持ってくる。
「お水です!」
どん、と置く。
その途端に。
「ヴァリエ! お前は何でちゃんと接客できないんだ!」
クイネの怒声が飛んでくる。
「すっ、すいません!」
「気持ちは分からんでもないが、お客様としていらしたんだからお客様としての対応をするんだ!」
「はい!」
ヴァリエはカノム町長に向き直り。
「失礼いたしました!」
と頭を下げて引っ込んっでいった。
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