第439話・甘いのは甘味だけじゃない

「彼女は?」


「彼女も接客スキルはありませんね」


 ヴァリエに接客は一番向いていない。


「まあ、彼女の精神修行と言うことで」


 クイネとヴァリエ、そして時々やってくるアナイナのやり取りは、常連にはいつものお約束として親しまれている。


 しばらくして、油が跳ねる音と、ふんわり甘い香りが漂ってきた。


「あら。甘い……あのお方、甘味職人なのですか?」


「いいえ料理人です」


 カノム町長、厨房と目の前のテーブルを交互に見てそわそわしている。


「お待たせいたしました」


 ヴァリエが両の手に一つずつトレイを持ってくる。うん、技術は上達してるんだ。


「さつまいもと蓮根と鶏肉の甘酢炒めです」


 ことん、と琥珀色した鶏肉とイモとレンコンの炒め物が皿の上に載っている


 カノム町長は興味津々という顔で皿を見ている。


「お野菜と、お肉? 砂糖は使っていませんの?」


「タレに砂糖を使っていますが、サツマイモにも豊富な甘味が含まれております」


「イモ、ですの?」


「はい。こちらです」


 ヴァリエ、カノム町長を時々敵意のこもった眼で見るな。いくら甘味以外には興味がないカノム町長もその視線の意味に気付くのに時間はかからないぞ。


「こちらですわね」


 カノム町長、珍しそうにサツマイモを眺め、フォークで突き、上品に口に運ぶ。


「……まあ。まあ!」


 口元を押さえて絶句したカノム町長。


「砂糖の甘味じゃない……野菜にこんな甘味があるなんて、これまで存じませんでした! まあ……まあ、何て素敵なんでしょう!」


 一口ごとに「まあ」を言いながら、お上品に、しかしかなりのスピードで甘酢炒めを食べきってしまったカノム町長。


「甘味職人なら」


 クイネが手を拭きながら厨房から出て来た。


「甘い調味料と甘い果物だけじゃなく、他の甘い食材も知っておいた方がいい」


「甘い野菜は他にもありますの?」


「カボチャ、トウモロコシやニンジンと言った根菜や穀物は、糖質が多いから甘いな。カボチャやサツマイモは熱を通すとより甘くなる」


 他にも、とクイネはひょいっと手から何かを取り出して机の上に置く。


「これは?」


「ニンニク」


「ニンニクとは、辛い物ではありませんの?」


「ところが、甘味成分だけで言えばかなり多い」


 目を丸くして傾注するカノム町長に、クイネはいつも通りぶっきらぼうに話す。


「ただ、甘味として感じ辛い甘味らしく、おまけに辛味成分もあるから甘味が打ち消されてしまう」


 興味津々の顔でニンニクを見るカノム町長に、クイネはちょっとからかうように言ってみる。


「でも料理法によっては美味しい甘い物になる。ニンニクの蜂蜜漬けやニンニクの砂糖煮、ニンニクのキャラメルと言った甘い料理が存在する。意外なものに甘味が存在する。スラートキーでは知られていないかもしれないが」


「そうですわね……。不勉強にして存じ上げませんでした。ニンニクも甘くなるなどとは。どのような感じなのですか?」


「蜂蜜漬けはニンニクを漬け込んで煮詰める。風邪予防や美容にも効果的。砂糖煮はニンニクを砂糖と醤油で煮る。これは甘くてほろ苦い……おつまみやちょっとしたおかずにいい。キャラメルはニンニクを砂糖と水で煮てキャラメル化させる。食感と甘さが癖になる」


「……もしできるなら、ニンニクのキャラメルをいただけませんこと?」


 真剣な顔でカノム町長。


「何なら作り方も見ていくか?」


 カノム町長は猛然と立ち上がってふわふわ金髪を首の後ろで括り、肩を怒らせて厨房へ。ぼくもその後をついて行く。



「作り方自体は子供でもできるほど簡単だ」


 クイネは丸ままのにんにくを手早く洗って皮をむく。


 鍋を火にかけて、砂糖と水を入れて煮詰め始める。


「カラメル、ですわね」


「そう。カラメルは深めの色になるまで煮詰めたほうがいい。甘さと苦みのバランスが取れて美味くなる」


「そうですの……でもニンニクってお口が臭いません?」


「それをカラメルで中和できる」


 色が良くなったとみたクイネはカラメルの中にニンニクを入れる。そのままコトコトコトコト煮詰めて……。


「はい出来た」


 ニンニクキャラメルを鍋から取り出して皿の上に並べる。


「いただいてもよろしくて?」


「どうぞ」


 カノム町長は真剣な目でニンニクのキャラメルをじっと眺め。


 口の中にお上品に入れた。


 ぽり、ぽり、ぽりと咀嚼音が微かに聞こえる。


「何でしょう、この味……。辛味と甘味が入り混じって……癖になりそうですわ……」


「ニンニクは美容と健康にいい食材だ。独特の癖と匂いで町によって尊重されたり忌避されたりするが、食べておいて損のない野菜だと言うことは保証する」


「そう……ですわね。色々な食材にチャレンジしてみるべきですわね。ありがとうございます、クイネ料理長」


 カノム町長は深々と頭を下げた。


「スキルなしでこれだけの知識と技術と実力を身に付けた貴方に敬意を。スラートキーに引き抜きたい所ですけれども、グランディールが手放さないですわね。是非ともこれからもご活躍を」


「どうも」


 塩対応に見えるが、ぼくは知っている。どう反応したらいいか分からないので塩になっているだけなのだ。スピティ上位神殿のプレーテ大神官が来た時も、ほぼ溜口だったし。これでも緊張して敬意を通しているほうなのだ。


「では、そろそろ戻りますか?」


「ええ! ……クイネ料理長、ありがとうございました」


 カノム町長はスカートの先を摘まんで一礼した。

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