第108話・エアヴァクセンとのやり取り

 数日後、再びあの伝令鳥が来た。


 何処か不健康に見える浅い色の伝令鳥は、ぼくの顔を見て足を突き出す。ぼくの後ろの止まり木ではエキャルが羽根を広げて余所者を威嚇する。


 ぼくは封入れから手紙を取り出して広げた。


 『町の人に何か口止めされているのか? 父さんにも言えないことなのか? 父さんはお前たちが心配だ。町長もお前たちのことを心配している。一度帰ってくることは出来ないのか? エアヴァクセンのミアスト町長の名を出してもいいと仰ってくださっている』


 プチっと切れたのは、ぼくの血管……じゃなくて、会議堂にいたアナイナだった。


「お前って、お兄ちゃんだけなんでしょっ! お兄ちゃんのスキルが欲しいんでしょっ! お父さんを口止めしてんのあんたでしょっ! お父さんに言うとあんたに筒抜けなんでしょっ! 何か一度だ、一度帰ってきたら二度と出さないつもりのくせにっ!」


 足でどがどがと床を踏み鳴らし、怒り狂っている。


 怒りの暴走はアナイナに任せて、ぼく、アパル、サージュは顔を突き合わせる。


「やっぱり町と町長の名を出してきたな」


「自分で追い出しておいて、心配してるも何もあったもんじゃないが」


 ぼくは我ながら歪んだ笑みを浮かべた。


「引っ掛けてやりたい気分になってきた」


 そして、アナイナと話し合った作戦を説明した。


 アパルもサージュも渋い顔。


「言いたいことは分かってる」


 ぼくは腕を組んで目を閉じた。


「だけど、町長がぼくだと知られたら、あのミアストは、絶対ぼくごとグランディールを併合する。両親の安全と引き換えにね。そしてグランディールを完全に併合してもぼくは手放されない。両親とアナイナを人質に、アパルで失敗した自分だけの理想の町づくりをさせるだろう」


「グランディールに不安要素は作りたくない。特に町の要である町長を奪われることだけは何としてでも避けたい」


 サージュが唸る。


「そのためには……アナイナ発案のその作戦が確実……と言うか今のところ我々が取れる唯一の最善の作戦だ」


「もちろん、両親に何かスキルが仕込まれている可能性もある。ヴァローレも連れて行かなければならない。ヴァローレの「鑑定」なら仕込みを破る方法も出て来るからな」


 ぼくは無意識の内の髪の毛をグシャグシャにしていた。


「ぼくは……行けない」


「ああ。行ってはいけない」


 サージュが頷く。


「アパレもだ」


「ああ。ミアストに顔の割れている人間は行かないほうがいい。俺もだ。……アナイナ以外は」


「大丈夫、ちゃんとやってくる」


 ひとしきりミアストを罵ったアナイナは、息を荒くして言った。


「わたしが考えた作戦だもん、わたしがやる」


「スキルがないのが不安だけど……」


「スキルがないほうがいい」


 サージュがそう言ったのに、ぼくとアパルは目を丸くしてそっちを見た。


「十四歳、スキル覚醒していない。なら、監視の目も甘くなる」


「だけど、一度逃げてるんだけど?」


「成人式で町長クレーを追い出した直後の気の緩み。そうでなければスキルなしの未成年に逃げられるとは考えてもいないだろう。警戒すれば逃げられない。アナイナだけなら多分連中はそう思う」


「だといいんだけど……」


「任せて、お兄ちゃん」


 アナイナは胸を張った。


「わたしの仕事はお父さんとお母さんから離れないこと。そして監視を監視すること。あとはサージュの指示に合わせる。大丈夫、間違っても町の名前は出さないし、町長の名前も出さない。心配ならアパルの「法律」でわたしの言葉を縛っちゃえばいい。一度縛った法律を解くことは出来るんでしょ?」


「なるほどね……」


「わたしだって、飛び出てきたこともあってお父さんとお母さんは心配なんだ。だけど、今は逆に出てきてよかったって思ってる。このピンチに、お兄ちゃんにとっての人質が増えなくて、動く駒が増えたわけなんだから」


「アナイナ」


 アナイナ、やる気だ。


「じゃあ、この作戦で進めていいんだな? アナイナも、町長クレーも、覚悟は出来てるな?」


「うん!」


 アナイナは大きく頷き、ぼくも一つ頷いた。


「じゃあアナイナ、手紙を書いてくれ」



 『お父さんへ。お兄ちゃんは今、町のとあることを任されていて動けません。終わり次第帰りたいって言ってたけど、いつまでかかるか分からないって。わたしだけ先に帰ってお兄ちゃんを待つってのはどうかな。そうでないとお兄ちゃんもなかなか帰れないと思うから。いいならわたし一人で帰るよ。町の人も途中まで送ってくれるって言ってたし。お返事早くしてね。色々やらなきゃいけないこともあるから』



 アナイナは何度もベーっと舌を出しながら書き上げた手紙を、色の浅い伝令鳥の封入れに入れた。


「はいはいさっさと行ってねエキャルより遅いのは確実だけど!」


 しっしっと伝令鳥を追い出して、その後姿……貧相な飾り尾羽にもう一度舌を出す。


 エキャルは胸を張って、一流の伝令鳥のように優雅に首を折った。

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