第109話・最悪な町(アナイナ視点)

「ここね」


 わたしは馬車を飛び降りた。


「約束の場所まではここからわたし一人で行くわ」


「分かった」


 馬車は街道の真ん中で方向転換して来た方向に帰っていく。


 それを見届けて、わたしは行くべき道を歩き出した。


 懐には手紙。お父さんから、と言うよりは、お父さんの後ろにいる誰かさんからの手紙。


 『お前だけでも帰ってきておくれ。お前がいればお兄ちゃんも帰ってくるだろうし、お母さんもお前の心配をしているよ』


 こんな手紙、お父さんが書くはずがない。


 何かあるとお兄ちゃんに泣き付いていたわたしに、「お兄ちゃんといずれ別れる時、お前はお兄ちゃんに好きでいてもらいたいのかい? 嫌われたいのかい?」と言ったお父さん。そんなお父さんが、わたしがいればお兄ちゃんも戻ってくるだろうだなんていうはずがない。お父さんが書くとしたら、「お兄ちゃんの邪魔にならないよう帰って来なさい」だ。


 家族舐めんなよ、町長ミアストさん。


 それくらいの区別はつく!


 ぷんすかしながら歩くけど、待ち合わせの場所が近付いてきたから、少しスピードを落とす。


 少し不安そうな顔で。誰も居ないのが怖いような顔で。


 そこへ、見覚えのある服装が見えた。


 五人の男たち。緑と白を組み合わせた制服、手には銀色の槍。エアヴァクセンの衛兵服。


「何者だ!」


 何よその言い方。グランディールじゃソルダートやキーパが笑って出迎えてくれるのに。でも。


 わたしは、ほんの少し怯えた顔をした。


「ご、ごめんなさい!」


 悲鳴を上げる。


 ついでに泣きそうな顔。


「ここに来れば、お父さんが待ってるって聞いて……!」


「アナイナ・マークンか?」


「はい、アナイナです……」


 怯えた声で恐る恐る頷くと、衛兵が辺りを見回した。


「お前たちを拾った町の人間は? ここまで来ていたのか?」


「急ぎの用があるからと向こうでわたしを下ろして行ってしまいました……あの、お父さんは」


 チッと舌打ちをした衛兵に、感じる不愉快。


「父親はこっちだ。ついてこい」


 町民じゃなく、町長に仕えてるんだって分かる偉そうな態度。


 グランディールで迷子の子供を見つけた人は、もっと優しく手を握って連れてってくれる。


 もちろんわたしは迷子になる年じゃないけど、迷子を連れて行ったことは何度もある。子供は周りの大人が守ってあげなければいけないとみんなが思っていて、邪魔だと思う人は見たことがない。困ったことはあってもそれを子供のせいにはしない。子供が窯に入ったり牧草地で遊んだりした時も、大人は……お兄ちゃんや町の人は、大人の責任として子供を学ばせる場所を造ろうと学問所を作って、町で暮らすときのルールとかを教えてる。それこそが町ってものでしょうに。町に戻ってきた子供を迎えに寄越すのに親じゃなくて不愛想で不親切な衛兵って何事よ。


 でも黙って衛兵の後についていくと、馬車が待っていた。


「お父さんは?」


「父親は町にいる」


 やっぱり。


 サージュが予想してた。親ごと子供に逃げられると困るから、お父さんやお母さんが直接待ち合わせ場所に来る可能性は低いだろうって。


 でも、不安そうな顔を崩さず、馬車に乗り込む。


 衛兵たちがぐるりと取り囲む。


 そんなことをしても逃げませんよーだ。


 ……今はね?



 見えてきたのはエアヴァクセン。


 ……あれ?


 小首を傾げるわたしに、不審そうにこちらを見る衛兵たち。


 言っても仕方ないから言わないけど。


 町を出て半年以上。なのに、懐かしいという気持ちが出てこない。


 そっか。


 わたしにとって、もうここは故郷じゃないんだ。


 ここは生まれ育った町だけど、わたしにとって帰る場所はもうグランディールなんだ。


 そっかぁ。


 じゃあ多分、お兄ちゃんの守るべき場所も、グランディールなんだ。


 グランディールと、その町に住む人たちが家族。お兄ちゃんが命がけで守りたいもの。


 じゃあ、いい妹として出来ることは?


 出来た妹として、お兄ちゃんに何をしてあげられる?


 ……決まってる。


 お兄ちゃんの弱点を守ってあげること。


 今の場合は、お父さんとお母さんだ。


 お父さんとお母さんがこの町にいる限り、グランディールを奪われる危険性も、お兄ちゃんを連れて行かれる可能性もぐんと上がる。


 お父さんとお母さんを安全な場所に連れていくこと。それがお兄ちゃんの役に立つこと。


 そのためにお兄ちゃんの許可を取り、サージュと、町でも有用なスキルの持ち主のアレやリュー、ヴァローレたちについてきてもらった。


 それだけ、この作戦が大事ってこと。


 お兄ちゃんだけじゃない。グランディールに住む人たち、町そのもの、そこまで関わる作戦。


 だから。


 絶対成功させる。


 お父さんとお母さんを、無事に町から出して、そして……。


 わたしは、視界に見えてきた、高い塀を見つめた。


 お兄ちゃんを追い出した町、いらないって突き放した町、なのに使えそうって思った途端に手のひらを返した町……。


 こんな町、お兄ちゃんには、似合わない。


 みんなで頑張って暮らしてけるグランディールが、お兄ちゃんには、一番似合ってる。だから――。


 お兄ちゃんに似合わないこの町が、お兄ちゃんを縛り付けることは、絶対許さない!

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