第107話・アナイナの決意

 ぼくは「町の人に言うなと言われたので言えません。どうしてもと言うなら理由を聞けと言われました」と言う返事を色の薄い伝令鳥に持たせた。


 伝令鳥が門の方に向かうのを見送る。


「あの伝令鳥も罠の一環かな」


 呟いたぼくに、アパルが視線で問うてくる。


「ぼくの両親が伝令鳥を借りて使ったかのように思わせるため」


「だとしたら、敵はあまりにも町長クレーを知らない」


 アパルは呆れたように首を振る。


「まだただの子供だと舐めているんだな」


「そう。甘く見ている。このぼくを」


 ミアストの中では、まだぼくは物知らずの子供のままなんだろう。


 SSランクの町に居残れることを祈っていたのに、レベルが足らず追い出された子供。放浪して野垂れ死んでいるはずだったのに、何処かの町に拾われ、そこで親切にされている。


 ミアストの中で町が放浪者に親切にするのは理由があることになる。恐らくは、追い出した子供のスキルが町の役に立つものだから拾われたのだと。


 だとすれば、その所有権は子供が生まれたエアヴァクセンにあるはずと。


 何処までも図々しい。


 追い出しておいて、今更?


 お父さんお母さんの身柄まで確保して?


 エアヴァクセンを潰すことは最初からぼくの中では決まっていたけど、今はミアストを痛い目に遭わせてやりたい。人を舐めてかかるのもいい加減にしろと、そう言ってやりたい。


 何とかエアヴァクセンから両親を引き離し、グランディールじゃなくてもいいから安全な場所へ置きたい。



 とりあえずアナイナには話しておくべきかな。


 久しぶりに家に戻ると、色々料理で試行錯誤中なアナイナがいた。


「お兄ちゃん!」


 ぼくを見てパッと顔が輝くけど、そのぼくの表情が暗いのに気付いて不安そうになった。


「……何かあった?」


「あったって言うかなんて言うか……」


 テーブルに向かい合わせに座って、ぼくは服の内側から手紙を取り出した。お父さんの手紙だ。


「町のことを言え? どういう意味?」


 意味が分かりかねる、と言う顔。


「ぼくを連れ戻したいらしい」


「はあ?!」


 この一言で、アナイナも怒り全開モードに突入した。


「お兄ちゃんを追い出したのは町長ミアストでしょ?! 追い出しといて連れ戻したい?! どーゆー神経してんのよあのおっさん!」


「全く同感だけど、お父さんお母さんが人質に取られているようなものだから、迂闊な行動がとれない」


「お父さんとお母さんを人質にぃ?!」


「そうなんだ、この手紙、お父さんの字だろ? つまりお父さんに書かせたってこと」


「何サイテーそれ! あのおっさん、ぶん殴る!」


「行けるんならぼくだってぶん殴ってる!」


「決めた!」


 アナイナが猛然と立ち上がった。


「わたし、帰る! エアヴァクセンに!」


「アナイナ?!」


「一度帰って、そしてお父さんとお母さん連れて逃げてくる!」


「出来ないだろ!」


 ぼくも立ち上がる。


「スキルもないお前が帰って、どうしようって言うんだ!」


「スキルがないから帰るの!」


 机を叩きつけて、アナイナは叫んだ。


「お兄ちゃんが帰ったら、確実に出してもらえなくなるでしょ!」


「そうだけど!」


「わたしは一度町の守りを破って外に出た! 町の外にさえ出られれば、グランディールのみんなが逃がしてくれるでしょ?!」


「!」


 確かに。


 アナイナはSSランクの町から脱走するという結果を出している。未成年は正式な町の住人ではないけれど、金の卵になるかも知れない町の宝でもある。だから、最低でも成人式を迎えるまで町は未成年を外に出さない。


 その守りを破って町を抜け出したアナイナ。


 よくよく考えてみれば、とんでもないことをやらかしている。


「……だけど、前のようにはいかない。お父さんにも、お母さんにも、そして当然帰ったお前にも、見張りがつく。外へ出るルートもだ」


「大丈夫」


 アナイナはニッと笑う。


「わたしを甘く見ないで、お兄ちゃん。学問所の優等生って顔を隠れみのに、色々やってきたんだから」


「……色々?」


「色々」


 そして、あの生意気な顔で言葉を続ける。


「それに、わたしが帰ることで、リューの「場所特定」が使いやすくなるでしょう? 一度も会ったことがないお父さんお母さんより、特定しやすくなる。で、低上限レベルのアレの「移動」なら、SSランクの町から出られる可能性も高いでしょ」


「……下手をすればアレとリューも捕まる可能性もある」


「でもこのままこの一件を放置して、お兄ちゃんが帰らなくならないことになったほうが、町としてのダメージが大きいよ?」


 ……確かに……。


「……だけど、お前を危険な目に遭わせるわけには」


「今までお兄ちゃんが町の人のために危険な目に遭って来たでしょ?」


「そりゃ、ぼくは町長だから」


「だから、町長の為に町民も頑張らなきゃいけないの!」


 もう一度机を叩いて、アナイナは叫んだ。


「わたしだってグランディールの町民! そしてこの町が大好き! この町の為になるなら危ない橋の一つや二つ、渡る覚悟はあるの!」

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