第44話・伝令鳥の知らせ

 それからしばらくは、特別なことは何もなかった。


 町が浮いているだけで、みんなはそれぞれいつも通りの生活を送っていたから。


 ヴァリエがいる、ということだけが唯一の違いだけど、一日目に二刻で七人にケチをつけたから「突き落とされたくなければ許可なく家から出るな」と言い聞かせてからは平和だった。


 シエルたちは巨大ベッドのデザインであれこれやって、ヒロント長老たちは畑であれこれ、ティーアたちは家畜であれこれ。全員町が浮いていることなど気にせずに頑張ってくれていた。


 子供たちも、ソルダートに頼んで門の方へは近付かないようにさせれば、町の敷地は高い塀で囲まれているので安全。全員きゃいきゃいと遊んでいる。一応ミュースに見張りは頼んでおいてあるけど、子供たちは全員素直で「危険だから門の方に行ってはいけない」という約束を守ってもらっている。アパルに「法律」で「子供だけで門の方に行ってはいけない」という法を作ろうかという話もあったけど、今の所はその必要もなさそうだ。


 平和っていいなあと思う日々。


 自分の家はヴァリエがいるので、泣くアナイナを何とか説き伏せて会議堂で寝起き(会議堂にはいつの間にかぼく専用の寝室が出来ていた)している。



     ◇     ◇     ◇



 コツ、コツ、コツという音でぼくは目覚めた。


 んー……?


 叩く音は窓からしている。


 こんな音、今まで聞いたことないけれど。


 コツ、コツ、コツと叩く音は途切れない。


 窓を開けると、バサバサッという羽音と同時に何かが入って来た。


「うお?!」


 慌てて頭を庇う。


 入って来たのは、伝令鳥でんれいちょうだった。


 人が遠くの人間とやり取りするのに使う鳥。手紙を運び、返事を持ち帰る。安い鳥は赤灰色で隣町までがせいぜいだけど、Sランクの町が使う伝令鳥なら相手の居場所が特定できなくても印の気配を感知してそこまで飛んでいくという。


 伝令鳥の能力は色でわかる。赤が強い程能力が高い……つまりお高い。この鮮やかな緋色は相当お高い値段の伝令鳥の証。そうでなければ空に浮くこの町のぼくの所までピンポイントで来られやしない。


 伝令鳥が少し長めの首を反らすと、そこには手紙。表面には「グランディール町長クレー殿」、裏には洒落たデザインのTの印が押された封蝋ふうろうがあった。


 トラトーレ商会長の印だ。


「しばらく待ってくれる?」


 伝令鳥に聞くと鳥は首を反らしたので、それをOKの合図と受け取り、アパルとサージュを呼ぶ。


 まだ目覚めてろくに顔も洗ってない状況でも、二人は駆けつけてくれた。


 サージュにペーパーナイフを渡されて、ぼくは封を切った。重要な手紙の中には受取人が開けないと爆発するような仕掛けがされているものもあるので、代わりに開けてもらうことができないからだ。


 ペーパーナイフは綺麗に封筒を裂く。


 中から出てきたのはきれいな字で書かれた手紙。一度やり取りした時に見たことのある、トラトーレ商会長直筆の文字。


 ちなみに取引を続けたいという最初の手紙を送った時はアレに頼んだ。伝令鳥持ってなかったしアレが行ってくれるって言ったからならいいやと思って。


 っと、そんな空言そらごと考えている暇はない。


 ぼくがテーブルの上に手紙を広げ、アパルとサージュは反対側を向いている手紙に器用に目を通している。


 「親愛なるクレー町長へ」


 こんな若造に親愛なるって書いてくれるんだから、相当信頼してくれているんだってわかる。ありがたいね。


 「朝一番で伝令鳥を遣わす御無礼をお許し願いたい。この連絡は一刻も早く告げなければならなかった。目覚めを伝令鳥で邪魔される非礼をも許されたい。」


「この色の鳥なんてよっぽどの用件だな」


 サージュが呟く。


 「ピーラー・シャオシュ氏から、現在依頼中のベッドの途中経過を拝見したいという連絡が来た。」


「げ?」


 思わずぼくが声を漏らす。二人も声は漏らさなかったけど内心は同じだったようで、揃って眉間にしわを寄せて続きを読んでいく。


 「無論、グランディールの町スキルなので恐らく拝見出来まいとご返答申し上げたが、せめてデザイン画だけでも、と言われている。ピーラー氏は当商会の上客なので断りにくい話。無茶を承知で、作成中の大まかなデザイン設計図だけでも結構なのでお渡しいただきたいのだが。」


 うーわー。


 「大変申し訳ないが急ぎの返答をお待ちする。インヌング・トラトーレ。」


「デザインは任せるって言っておいてこれか」


「トラトーレ氏も相当困らされているな」


 アパルもサージュも困り顔。


「シエルはまだ大会議室にいた?」


 会議堂の大会議室はシエルたちが占領している。もちろん真面目な話をするときは大会議室を使うけど、それ以外ではテーブルを脇に寄せればいくらでも紙を広げられる場所が町でもそこだけなので、ものづくり班はそこを使うことが多い。


「ああ、シエルが鬼気迫っていたのは見た」


「……一応、聞いてみるか」


 ぼくは欠伸を噛み殺して言った。


「出来てない時は素直にまだって言っ「出来たぞーーーー!」


 いきなり叩き開けられたドアに、三人そろって飛び上がった。


「し、シエル」


「なんだ三人そろって時化しけた面して。ベッドのデザインの素が出来上がったぞ、喜べ」


「マジか」


 依頼されてから二週間。作るのに手間はかからないからデザインにはたくさん時間を取れるのだけれど、シエルはほぼ不眠不休でデザインを考えていた。少しでも頭が他所を向くと忘れるんだと。


「見せて」


 ぼくがその紙を受け取る。二枚。……二枚?


「海をあしらったベッドと草原をあしらったベッドとどっちが好みか分からないから一応同時進行で作ってみた」


 つまりそれってベッド二つ分のデザイン作ってたってことだよね。相変わらず奇才だなあ!


 しかもどっちも甲乙つけがたいほどの出来。


「……どっち出す?」


「どっちでもいいぜ。それを決めてもらおうとここに来たんだ」


 三人して顔を見合わせて。


「やっぱここは本人に決めてもらったほうがいいな」


「ああ、本人だな」


「両方は無理だと念を押せ」


 というわけで再び町長の仮面で返書を書き、その間にシエルのデザイン画をみんなで書き写して、封筒に入れて封蝋で止めて印を押し、伝令鳥の首の筒に入れる。


「頼んだよ」


 鳴かない鳥は誇り高く首を反らせて、窓から飛んで行った。

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