第256話・浮かれる西の皆さん

 エキャルラットがラガッツォを呼びに行ってくれて、その間に大神官に話しておかなければならないことをまとめる。


 ラガッツォがエキャルラットと一緒に飛び込んできたのは、それから五分後。


「早いな……ですね」


「ぜっ……あ、伝令鳥が、真っ直ぐ、おれの、居場所を、探して、飛んできて、くれたし、会議堂まで、一番、早く、着く、道を、教えて、くれたから」


 普通の町民が着ているような地味で丈夫な服で、肩で息をしながら途切れ途切れに話す。


「ゴメン、いきなり呼び出して」


「はっ……はっ……い、いいよ。神殿と、町と、人を、繋ぐのが、おれだから」


「でも、そこまで苦しそうに息をしなければならないほど急いで来たのはなんで?」


「追っかけられて……」


 アパルがいったん外へ出て、水を汲んで戻ってきた。


「ありがと……」


 ごく、ごく、ごくと喉仏を上下させて水を飲み干す。


「追っかけられたって、誰に」


「西のみんな」


 またか!


 ぼくは頭を抱えたくなった。


 ……聖職者の出入り自由はもしかして早かった?


 いやでも、別の理由で追いかけられたかもしれない。ラガッツォは西の人だし。


「……聞いてみていい? 何で追いかけられたか」


「いや最初は、普通に散歩のつもりだったんだよ」


 ぼくが座るのと同じくらい座りやすい椅子に腰かけたラガッツォは胸元を緩めて空気を送りながら言葉を続ける。


「そしたら、西のみんなに取り囲まれて。なんっか嫌な予感したから慌てて逃げ出したんだ。そしたらみんなおれを追っかけながら祝福をとかあなたは西の人でしょうとかもうめっちゃめちゃでよ。何処逃げようって思ってたらエキャルが来てくれて、町の隠し通路みたいなところを案内してくれて、おかげでここまで辿り着けたけど、ここも見つかるかもな……」


「大神官の力で、目くらましすることは出来ないの?」


「あ、そうか」


 スキルに目覚めたばかりでまだ使いこなすことが出来てないラガッツォ、それを聞いて手を叩く。


 人間は誰も気づかないだろうけど、この会議堂を包むように精霊の力が張り巡らされて、この会議堂に何となく注意が向かなくなる結界が張られた。


 大神官が精霊に頼んで張った結界なら、一般町民の目を眩ますには十分だろう。


 ……にしても。


「西の皆さんは浮かれすぎだね」


 ぼくの感想に、アパル、サージュ、ラガッツォが頷いた。


「ラガッツォ、アナイナが世話になっていた食堂のクイネの所にも西の民が行ったんだ。聖女を扱き使うなんてとんでもない奴だ、って」


「ぇえ?!」


 ラガッツォは目を丸くして、両手で顔を覆い、そのまま顔を天井に向けた。


「勘違いだろー……間違いなく勘違いだろー……。西の民だから神殿が出来たわけでもないし、西の民が来たから聖職者が出たわけでもないだろー……。……」


 ラガッツォは顔から手をどけて膝の上に置くと、その体勢で頭を下げた。


「すんません! おれたちの力不足です! 限界から命救ってもらって、町に住まわせてもらって、散々世話になった人たちにそんなことを言うなんて……! ダメだろーが、ダメに決まってんだろーが……!」


「君のせいじゃない」


「いやおれたちのせいですよ……! おれたちはち……もとい、精霊神様のお告げで自由になったと思ってたけど、西のみんなが大勘違いするなんて! 聖職者も神殿も自分のものだなんて! グランディールの皆さんに失礼過ぎる……!」


「このまま行くと、西と東の衝突が起きるかもしれない」


 サージュが深刻な顔で言った。


「でも、おれが言った程度で大人しくなってくれるか……」


 ぼくはしばらく考えて、紙とペンを手に取った。


「アパル」


「はい」


「ティーアに言って、この手紙を宣伝鳥に運んでもらうように言って」


「?」


「リジェネさんをはじめとする、西の元町長や元町長代理に当てた手紙だ。人に頼んでもいいけど、直接手紙を確認できる宣伝鳥がいい」


 すぐにアパルは頷いて、手紙を受け取る。


「町長?」


「西の代表者までが染まっているかは分からないけど、とにかく話し合いをしなけりゃいけない。この事態は急いで解決しないと」


「ちょっと待って」


 ラガッツォが部屋を出ようとしたアパルを止めた。


「もう一人、呼ばなきゃな人がいる」


「誰?」


「プレーテ大神官」


 ラガッツォは真剣な顔で言った。


「スピティ上位神殿の大神官に来て頂くのは申し訳ないけど、多分今、おれたちにはあの方の御力が必要だと思う」


「君だって大神官だろう」


 サージュの言葉に、ラガッツォは首を大きく横に振った。


「おれみたいな若輩者じゃ、今の暴走する皆を抑えきれない。おれからプレーテ大神官に手紙を書くから、町長、話し合いは明日以降にしてもらえるか?」


「……そうだな。町長一年のぼくや大神官二・三日のラガッツォじゃ、西の民を抑えきれるか分からない。プレーテ大神官の前なら頭を冷やすかもしれない」


 人が増えることによってのトラブル。これも予測できたものだ。……ここまであからさまな出方をするとは思わなかったけど。


 ぼくとラガッツォの連名でスピティのプレーテ大神官に手紙を書き、エキャルラットに頼む。


 ラガッツォは自分の周りに注目されない結界を張って、こっそりひっそり神殿へ帰って行った。


 大神官が堂々と神殿に帰れない町ってどうなの。

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