第257話・説得力

 エキャルが大急ぎで帰ってきたのは、一刻後。


 グランディール町長クレー・マークンと大神官ラガッツォ・コピル連名の手紙に、スピティ大神官プレーテ・ガイストリヒャーもすぐに返してくれた。


 帰ってきたばかりのエキャルにラガッツォを呼んできてもらうように頼むと、スピティまで往復した後だというのに文句も言わず神殿へ向かった。


 ラガッツォが会議堂についたのはそれから三十分後。


「ごめんラガッツォ、帰しておきながらこんな時間に呼び戻して」


「いや、おれが神殿にいないと色々まずいっぽいし、アナイナやヴァチカも色々思うところあったようだし、マーリチクでさえまずいんじゃないかって言ってくるほどだ、おれでよければいつでも動くよ」


「大神官にそう言ってもらえると助かる。ラガッツォがいないとさすがに他所の大神官を呼び出す無茶は聞かなかった」


 サージュが頭を下げた。


「いいよいいよ、今回の一件は西の民が悪いんだし。おれが頭を下げなきゃいけないんだ」


 ぼくより一つ下なのに、既に大神官としての責任を背負ってる。


「それより、プレーテ大神官はなんだって?」


「ぼくとラガッツォが揃わなければ開かない封になってる」


「じゃあ開けよう」


 ぼくとラガッツォが手紙の封の蝋印に触れる。と、固く封じていた印があっさり溶けた。


「アパル、読み上げてくれる?」


 何故わざわざ読んでもらうかというと、字が読めない……わけじゃない。一応ぼくはSSランクの町の人間で読み書きは基礎。ラガッツォは西のランク外の出身だけど、精霊神の「まちのおきて」や「くにのほろびしりゆう」などと言った聖なる書物を読むためにかなり字は読める方。


 だけど、手紙は小さいから二人並んで同時に読むわけにはいかない。そして同時に読み終わるわけでもない。情報を同時に共有するには誰かに読み上げてもらうのが一番早い。


「では、失礼して」


 アパルが便箋びんせんを手に取る。


「グランディール、クレー・マークン町長殿、ラガッツォ・コピル大神官殿。元気……とは言いにくい状況でしょう」


 あの大神官が、自分よりずっと年下の町長と大神官に送るのに言葉を相当選んでくれたんだろうと思う。


「クレー町長には既に申し上げていましたが、西の民は信仰心に対しては己が最も上、と自負しているが故に新しき地で軋轢あつれきを起こすことが多々あります。それがグランディールでも起きてしまい、苦労を背負い込んでいること、察するに余りあります」


 うん。西の民が時々一緒に暮らすのに難しい相手になるというのを教えてくれたのは、プレーテ大神官だった。その時はすぐに仲良くなれるさ、と思っていたけど、考えが甘かったな……。


「この老骨でも若き町長と大神官のお役に立てるのであれば、喜んで参りましょう。明日昼前にはそちらへ行けると思うので、西の民の代表者を揃えてください」


「……直接来て下さるんだ……」


 ラガッツォが喉に詰まったような声をあげた。


「やっぱ……違うなあ、大神官を何十年もやっているような人は……」


「今朝大陸中で出たお告げのお陰でもあるか」


 サージュが胸をなでおろす。


「お告げ?」


「お前、朝から神殿行ってたのに聞いてなかったのか?」


「……ああ、聖職者出歩き解禁」


「そう。前までなら神殿から離れられない、と断られたろうが、聖職者は民に信仰心を与える存在だからこそ町に出なければならないという精霊神のお告げが、少なくとも大陸の神殿という神殿に下ったという」


「おれの頭にも聞こえたしな」


 ラガッツォが自分の頭を指先で叩く。


 実はそれ送ったのはぼくです。だけど言えないので黙ってる。ラガッツォも言わないでくれてる。


「で、プレーテ大神官は成人式の話とか聞いたから自分でも見てみたいと思ったんだろうね。他の町とか神殿とかを」


 アパルがうんうんと頷いた。


「今のスピティで一番近い町はグランディールだから。他所の町を観ようと思ったらここだな」


 サージュも頷く。


 プレーテ大神官の思惑が何処にあっても、西の民がグランディールに移住する時に散々世話になった大神官の言葉なら、西の民への説得力になる。


「じゃあ、取り敢えず西の元町長や代理にも、手紙を」


「それもおれの連名にしといてくれな」


 ラガッツォが付け加えた。


「え? でも」


「グランディールのことだから町長がって言いたいんだろ? でも、西は町長たちが思ってるほど町長の発言力はないんだ。神にどれだけ信頼されてるか。奇跡……つまり神に近いスキルの持ち主が尊ばれる。町長の「まちづくり」も神レベルだけど、やっぱりうちの町から出た大神官ってのは大事なんだよ。その大事なおれの呼び出しとあれば無視できない。しらばっくれられないぞって脅しにもなる」


 ラガッツォ君考えてるなあ。スキルを得て三日目のぼくはスキルにびっくりで町長になれと言われて大パニックだったよ。肝が太いね。男だね。


 とにかく、手紙を書き、ぼくとラガッツォの印を押して、宣伝鳥たちにグランディールのあちこちに住む西の有力者たちに運んでもらった。

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