第335話・一緒に出た「誰か」

 ただ、アナイナは別。


 この一件、アナイナには全部話した。話さないと納得しないだろうし、ぼくが精霊神の分霊とか聖地とか説明する必要なく理解してくれるから、話したけど。


 ……あ~失敗だったかな~アナイナには適当に脚色しておいたほうが良かったかな~……。


「って、呆けている場合じゃない!」


 アパルに背中を叩かれた。


「アナイナのことだからさっきの喧嘩が原因だろうけど、大人しく戻ってくる性格じゃないだろう!」


 はい、一度こうと決めたら絶対にひかない娘です。


「……精霊神を信仰してないってことは、彼女は何のスキルも持っていないのと同じことだぞ。そんな状態で町の外に出れば」


「ちょ、待って」


 詰めてくるアパルとサージュを押さえて、ぼくはヴァリエを見た。


「アナイナ一人? それとも外への手引きをした誰かがいた?」


 ハッと二人は顔色を変える。


 町は結して一枚板じゃない。様々な町から集まった寄せ集めの町で、手を貸してくれる町もバラバラだ。


 その中に聖女のスキルを求める所があったとしたら?


 力がなくなるとはいえ、スキルが消えるわけじゃないのだ。信仰心を取り戻せば再び力を取り返す。そう言うことを考える町もある。精霊神ではなく精霊小神を信仰している町、精霊小神が自らその町に憑いて、ご利益を与えている町だ。


 精霊小神に精霊神ほどの力はない。だけど、精霊神と違って、自分の力がどれだけ人間に影響を与えるかを知っていて、そして気に入った町に声をかけ、善意から町に力を与える。


 精霊小神信仰が廃れないのはここだ。直接精霊小神の加護を受ける町なら、精霊神の加護より強い力を直接得られる。精霊小神が気に入れば、それだけで町が豊かになるのだ。第一精霊神は精霊小神を信仰することを禁じていないから何の問題もない。


 そして、精霊は人の寄せる思いによって力を増す。


 だから、精霊小神は愛してほしいから力を渡すし、人間は力を増して欲しいから信仰者を増やす。


 で、その中でも特に力が強いのが、聖職者スキルを与えられるほどに神を信仰している、あるいは信仰するようにされた聖職者と言うわけで。


 精霊神に認められるほど思う心の強い聖職者が、精霊神ではなく精霊小神を信じたら?


 精霊小神は確実に強くなる。強くなって、自分を愛してくれる町により強い力を与える。


 町の偉いさんは当然その仕組みを知っている。だから聖職者が欲しい。でも聖職者を持っている各町は神殿から出さずに大事に守っている。


 グランディールは空も飛べるから……と甘く思っていたのは否定しない。


 だけどなあ……。自分が聖女ってことを生かそうとしていた割には、聖女の重要さをまだ身にみてわかってないアナイナは……ぼくとケンカして、ぼくが悪いと思っていて、ぼくを反省させようと思えば何でもやらかす。やらかしてしまう。


 自分が勝手に外に出てぼくの力を示せば……と思ったんだろうけど、聖女は普通神殿からも一歩も出ないものなの! それだけ狙われてるんだっての!


 ぼくのことを自覚がないって散々言った割には、自分も分かってないのな。


 思いながらぼくはヴァリエの目を見た。


「誰か、外に出る手引きをした人が、いたんだね?」


「……はい」


「クレー、誰か手引きしたのが町民にいたと?」


 アパルがそっと聞いてくる。


「心当たりっていうか、やる可能性のあるのがいるってだけだけど」


 ぼくはアパルに向けていた顔をヴァリエに向けて、聞いた。


「それは多分、スピーア・シュピオナージェ……スピティの新成人から希望してグランディールに来た彼。そうだね?」


「……さすがはわ……いえ、町長」


 ヴァリエが真剣な顔で頷く。


「そうです。わたくしが見かけたのは、泣いているアナイナとそれを宥めているスピーア。その後、アナイナが置き手紙を残して姿を消し、ソルダートがスピーアと子供を一人通した、と言っていました。スピーアがグランディールが降りている間にスピティを見たいという子供に見せてやりたいと。町長の個人印を持っていたので通してしまったと言っておりました」


 町長の個人印……ぼくがエキャルの羽根をイメージして彫ったあの印。


 アナイナなら印影を持っているだろうし、それを見ればソルダートもぼくの許可だと思って通してしまうだろう。


 町長印は一週間ばかり町長ぼくと入れ替わっていた誰か……町の人間には精霊神ではなく悪意のある特殊スキル持ちがぼくの姿をして入って来たと伝えてあるけど、そいつも使えたんだからと警戒する。元々町長印は町長だけでなく町長代理とかも正当な理由があれば使えるのだ。だから完全にぼくの意思のみとは思わない。


 でも、個人印なら。


 ぼくが私的な手紙を書いたりするときに使う個人印は、町長になった途端使わなくなる人間も多いけど、ぼくはせっかく彫ったのだからと個人的な手紙とかにはどんどん押印していった。だから赤い羽根の印はぼくの印だと大体の町民は知っている。


 その印影を見せられれば、ぼくが許可したと思うだろうなあ。


 ぼくに関することには異様に頭の回る妹に、ある意味感心するよ。いい意味ではないけどね!

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