第336話・絆の糸

 しかぁし。


 アナイナ、お前はまだわかってない。


 ぼくの精霊神の力、アナイナは聖女として信仰しているから分かっている、と思っているけど。


 ぼく自身でも分かりきっていない力を、当人でないお前が分かっているとでも思うのかな?


「アパル、リューを呼んできて。サージュはアレを」


「分かった」


「待ってろ」


 アパルとサージュが部屋を飛び出していく。


「ヴァリエは食堂で待機」


「わたくしの「追跡」であればすぐにアナイナの元へ移動できますが」


「いや、食堂にいてくれ」


「しかし」


「くどい」


 ぼくはチラリとヴァリエを見る。


「繰り返させないでくれ」


「……畏まりました」


 ヴァリエは頷いて、渋々食堂に向かって転移した。


 ぼくは目を閉じる。


 アナイナがぼくを神として信仰している……と言うことは、ぼくとアナイナの間には兄妹の繋がりの他に、神と信者の繋がりがあるってことだ。


 そして、神と信者は、相手のことを信じていれば信じているほど強く結びつく。アナイナはぼくに断りなく勝手にぼくを信仰している。こういう風に信者からの一方的信仰でも繋がりは生じるし、生じれば神からの力は信者に与えられる。でないと信者、増えないからね。


 で、ぼくの力がアナイナに流れて行っているわけだから、ぼく一人でもアナイナの行方は掴めるんである。実は。


 ただ、ぼくが信仰される存在になったというのは秘密にしときたい。確かにぼくは神様の力を持っているけど、アナイナにも何度も言ったように神様になりたいわけじゃないのだ。ぼくは人間でいたいのだ。分かってもらえないだろうけど、ここは絶対譲れない一線。ぼくはみんなと同じ時間を過ごし、同じことで悩み、年老いていきたいんだ。


 それは無事にアナイナが戻ってきてからのこと。とりあえず今はアナイナの無事を確認しないと……。


 目を閉じたまま、細い糸を手繰たぐり寄せるように、繋がりの絆を辿る。


 アナイナのものはすぐ分かった。元からぼくに繋がっている信仰の絆が少ないからね。


 ていうか、何でぼくを信仰する絆がこんだけあんの?


 ちょっと調べてみる。


 一本はティーア。そうだよな、ティーアはぼくのことを知っているし。


 あとは……ペテスタイの人たちか。元々信仰篤い人たちだしぼくに恩義を感じてるって言ってたから……仕方ないかなあ。でもこれ以上信者は増やしたくないなあ。


 そのためには人前で力を使わないこと。「まちづくり」スキルではどう考えても出来そうじゃないことは人に頼る。人に、頼る。自分で何でもしようとしない!


 とりあえず今やるのはアナイナの無事の確認。


 アナイナの絆の先。


 アナイナに気付かれないよう、絆の糸の先、アナイナの周辺の風景を映像にして脳裏に広げる。


 場所はスピティ近くの街道。グランディールから真っ直ぐに向かっているな。


「でさ~、聞いてる?」


「聞いてる聞いてる」


 スピーア君が苦笑している。


「力を持っている人間は責任を取らなきゃって聖女になった時にも言ってたのに、当の本人は一切責任を取りたくないの。卑怯だと思わない?」


「そうだねえ」


「だから、わたしが教えるんだ。お兄ちゃんがすごいってこと。お兄ちゃんなら何でもできるんだもん!」


「クレー町長はそんなにすごいんだねえ」


「すごいの! すごいの! もうどこの誰とも比べようがないほどすごいの!」


 ……うん、一応ぼくがすごいという話にはなっているけどぼくが精霊神の分霊って話はしてないみたいだ。良かった、セーブしてもらえて。


 ……いやいやよくない。何にもよくない。


 アナイナが何を言われたか知らないけど、ぼくの印影を使って町の外へ出るってのは「おきて」違反だ。聖女でも……いや聖女だからこそ守らなければならない「おきて」だ。精霊神が決めた「おきて」、色々問題があるのもあるけど、「町長の許可なく町を出ることを禁じる」、これは凶獣や魔獣と言った脅威や盗賊と言った人災から町民を守るための「おきて」。これを破っちゃいけないだろ。いやかつてエアヴァクセンで破ったから二回目か。だけど前回とは事情が違うからな。


 とりあえず無事。ケガらしきものなし。そして連れ出したのは案の定スピーア君。そんなことだろうと思っていたけど、目的は調べないとな。フューラー町長の紹介だったけど、紹介されたのはアナイナが聖女になる前のこと。


 叶うならフューラー町長を敵に回したくはない。色々お世話になったしね。でも、もし彼が黒幕で、スピーア君を送り込んでスピティに有用な存在を横流しする考えだったとしたら……その時は。


 ぼくは平和主義者じゃない。精霊神の分霊だけど、人間だから人を嫌うし憎むこともある。そして危害を加えようと振り上げられたナイフを体で受け止めるほどお人好しでもないのだ。


 ナイフを向けられたら応戦するし、傷付けようとする意志があるなら先制攻撃もやむなし。町の人が傷付けられるなら、ぼくは持てる手段を使って報復する。それがスピティやフューラー町長だったとしても……いやだからこそ、身近で親しい相手を裏切った報復は受けてもらう。


 そこへ、せわしない足音が聞こえてきたので、ぼくは映像を切って椅子から立ち上がった。

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