第334話・山積みの仕事

 くっそう。


 仕事を進めれば進めるほど、イライラが沸き起こる。


 原因? に決まってる。


 ここ一週間の町長のやったことは、「平均的に、平等に」だった。


 町民に回す仕事の大変さは全ての町民の出来る平均値に。そして与える報酬はどんな仕事をしていても問題が出ないほど平等に。


 やっぱり、第二のスペランツァをグランディールに上書きにしようとしてたな……。


 神の視点で全ての存在に平等で平均的なのは、文句は出ない。それは認める。


 でもね。


 不平不満は消えないんだ。


 「ぼくはあいつより大変な仕事をしていたのに、報酬にほとんど差がない」とか。


 「あの子はあれが出来ないのにこれが出来るからってあんなにもらってる。ぼくはこれは出来ないけどあれが出来るのに」とか。


 精霊神はそういう所に一切配慮がない。平等ならいい、と言う考えだ。


 確かにね? 嫉妬とか、逆恨みとか、そう言うのは闇から生まれた感情だから自分には無関係と思ってても仕方ないけど。でもあんたの下にいるのはそう言う感情を持っている人間なんだよ? 聖地で平等協調に慣らされた人たちとは違うんだよ?


 そう言う不平不満が高まりかけているところだったと、そっとアパルがささやきかけてきた。


にそれは言ったの?」


に言った。だけど、「これで文句が出るのなら、それは町民に問題があるんだよ」と」


 あ~も~。


 ここまで一生懸命「やりたいことを、やりたい人が、やりたいやり方でやる」町を育てて来たのに、ここで一気に後退だよ!


 とにかく、学問所の授業で始まりかけてた「正しい神への祈り方」は取り下げだ取り下げ。そんなもん自分から指定する神様なんて誰も信仰しやしないわ。


 あとはちゃんとやる仕事によって高報酬と低報酬を分ける。どんな仕事でも同じ報酬だとキレるからね、みんな! 当然のことだけど! キーッ! 問答無用で全員平等なんて文句しか出ないっつーの! キーッ!


 とりあえず、一週間は熱に沸いて無茶苦茶な仕事をしていたって言い訳はグランディール中にしてあるから、仕事方針の切り替え……っていうか戻すのにはみんな特に問題は言わないだろう。苦情とか文句とかは言われるけどそれは仕方ない。相手の手に乗ったぼくが悪いんだ。みんなに謝り倒すしかない。


「湯処減らす計画もあったの?」


「多過ぎないかと言われて……」


「ぼくのスキルが必要と判断して出した物をひっこめようとしてたのか……」


 溜息しか出んわ。


 悪意はない、と言われそうだが、まだ悪意あったほうが文句言える分マシだわ。これはとにかく善意善意でやってるから、文句言われるとも思ってない。


 でも、ぼくは文句を言いたい。胸倉掴んで怒鳴り上げてやりたい! グランディールは第二のスペランツァにしようと造った町じゃないっての!


 ぜえはあ。


 脳内で精霊神に文句を言いながら表向きは無表情で仕事を進める。表情に出すと絶対アパルとサージュが気まずくなるからだ。


 精霊神が触った書類は全部最低五回は読み直し、精霊神が手を加えようとしていたところを修正して修正して修正して、変わりそうだった方針を元に戻す。


 まったくもう……。


 書類を片っ端から修正しながら、時間が過ぎ、ノックの音がして、時間がもう昼過ぎたと言うのに気付いた。


「食事です」


 ヴァリエの出前。


 ぼくはデスクの上に書類を放り出し、大きく伸びをした。


「休憩にしよう。さすがに疲れた」


「茶をれよう」


 サージュがお茶を淹れて、仕事用とは別のテーブルに出前の食事とお茶が並ぶ。


 はあ、やっと落ち着いて食べられる。


「では、終わった頃にお皿を取りに来ます」


「うん」


 ヴァリエが消え、鶏と茄子の重ね蒸しにフォークを近付ける。


 ぶすっと行こうとした、その瞬間。


「我が君!」


 ヴァリエが唐突に戻ってきた。


 刺しかけたフォークがずるっと重ね煮を崩す。


「その言い方はやめろって……!」


「大変です!」


 叫ぶ声に異常事態を見出し、ぼくは叫びかけた声を飲み込んでヴァリエの次の言葉を待った。


「アナイナが……アナイナが!」


「アナイナが?」


出奔しゅっぽんしたようです!」


 あ~~~~。


 ぼくは呻き声を出しながら、ソファに突っ伏した。


 やっぱりか~……。


 アナイナが一度言ったことを撤回することは、まずない。


 論破されても力ずくで止められても、実行に移してしまう。


「……誰かに見張らせとくべきだった……」


「何を呑気なことを!」


 サージュが顔色を変えて怒鳴る。


「アナイナが何か忘れたわけじゃないだろ!」


 うん、聖女だよね。


「だけど、信仰心のない聖女に精霊神が力を貸すことはないから……」


「やっぱりそうか」


 一瞬天を仰いでサージュ。


「だけど、神の御加護がないって時点でまずいだろうが!」


 あ、そうだった。


 信仰心を失った時点で聖職者はその力を失う。精霊神はそれを防ぐために洗脳に近い手段で聖職者を引き留めてるんだけど、こっちの聖職者四人中三人は西出身で信仰心が篤いからか、今のところはそうじゃない。

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