第272話・接触

 ティーアからもらった小袋を上着の内ポケットに入れて、頭の上にエキャルを乗せ直して、会議堂のぼくの部屋へ向かう。


「エキャル、今度からはもしゃくしゃが直らなくなる前に言うんだよ」


 モフっと頭の上に羽毛の感覚。


 気持ちいい。


 ドアを開けると、エキャルは自分から飛んで自分専用の止り木に止まった。


 ぼくもベッドに転がり込む。


 成人式から三日、緊張し続けていたので、頭も体も疲れている。


 せめて湯処に……と思っても、眠気の方が強くてそのまま寝てしまいそうなので、せめてもとベッドから一度降りて寝間着に着替えてもう一度ベッドに転がり込む。


 一気に眠気が襲ってきた。


 寝てもいいよな。ここ三日、疲れの取れない仮眠しかとってなかったからな……。


 睡魔に襲われるがまま、ぼくは意識を明け渡した。



 ……ん?


 目を覚ますと、薄灰色の空間にいた。


 何で? ぼくは会議堂のぼくの部屋にいたはず。


 またデスポタやピーラーの時みたく拉致監禁? 確かにこの空間はデスポタがスキルで閉じ込めた空間に似ている。あの時は真っ暗闇だったけど、今は光源の分からない灰色の空間だ。


 エキャルもいない。


 嫌な予感がふつふつする。


 かつて一度、ここに来たことがある。だけど、その時にはなかった感覚がある。


 叫び出したい。


 この世界は、そうしたくなる、何だろう……原始的な恐怖に覆われている。


 でも、それをするとマズイ、という認識だけがある。


 黙ったまま、辺りを見回す。


 何もない。


 視界に入る限り、何も。


 これは、夢なのかうつつなのか。


 それすらはっきりしない。


 まさか……あいつか?


 あいつなのか?


 ぎり、と歯を食いしばる。


 見渡す限り灰色で一瞬気が遠くなりかけていたけれど、歯を食いしばったおかげで自分の体を認識できた。自分の体を見下ろす。寝間着を着たぼくの体。軽く頬を叩いて、聴覚と触覚を確認。自分の腕を鼻に近付ける。微かに汗の匂い。嗅覚も大丈夫。味覚は今はどうしようも……いや。


 ぼくは糸切り歯で小指の先を強く噛んだ。


 微かに、金臭い味がする。


 血の味はする……つまり、意識と五感はあるってことだ。


 と言うことは、夢……じゃない。


 あいつだ。


 あいつだな!


 すぅ、と息を吸い込み。


「お前だな!」


 怒鳴った。


 意味不明の恐怖より、あいつへの怒りが上回った。


「お前が、ぼくをここに閉じ込めたんだな!」


如何いかにも」


 す、と何もない空間に一つの影が現れた。


 顔半分を隠す銀の仮面を被った人の形をした


 ぼくと同じ身長。同じ体格。同じ髪型に同じ髪色。銀の仮面を剥ぎ取ってやれば、同じ顔をしていることは分かっている。


が、を、この世界に招いた」


「招いた、だあ?」


 ぼくはすたすたと歩いて行って、ぼくと同じ寝間着を着ている……精霊神を、睨みつけた。


「閉じ込めた、だろうが!」


何故なにゆえに、そう思う?」


「この空間に、ぼくを連れて来た」


 ぼくは怒りの視線をに向けた。


「お前がぼくと接触を取るのにこの空間にぼくの肉体ごと連れてくる必要はない。それをわざわざ連れて来た……つまり、二度と出す気はないってことだろう!」



 駄々をこねる子供をあやすように、仮面の精霊神は言う。


に馴染みすぎたようだ」


 静かに精霊神は言う。


は、最早とは言えなくなった。は人間に接触しすぎた結果、混ざりものが増え、肉体だけではなく精神すら精霊とは呼べなくなった」


「なら満足だ、ぼくを戻してさっさと失せろ」


「そうはいかない」


 精霊神は静かに首を横に振る。


「純粋な精霊でなくなったものを世に放てば、どんな歪み方をするか分からない。最悪の場合、ごと滅ぶ可能性がある」


 ぼくが……人の世、つまり大陸を?


 だからって。


「可能性の問題で、こんな所に放り出されるなんて言うのか?」


の存続を第一に考えなければならない」


「誰が頼んだよ、そんなこと!」


「古き契約ゆえに」


 契約? 誰が? 誰と?


の支配下から外れてしまった。精霊神の支配下にないものは、契約から外れてしまう。故に」


 精霊神は一度言葉を切って、そして告げた。


を浄化する」


「冗談抜かすな!」


 ぼくは頭にきてついに精霊神の胸倉をつかんで怒鳴りつけた。


「自分でぼくを作っといて、失敗したから消す?! ふっざけるな、自分勝手もいい所だ!」


「仕方がない。が優先しなければならないのはではなくなのだ」


「知るか!」


 ぼくの心の底から怒りがこみ上げる。怒りが力を引き出し、暴走させる。


「お前の都合なんか……知ったことか!」


 拳を自分の目の前に持ってくる。


 握られた拳から、青白い炎が噴き出している。


だ、他の誰にも譲らない!」」


「それだけの力を暴走させれば、も狂う」


 精霊神は小さく肩を落とした。


「やむを得まい。の中から人間の歪みが消え、本来のの一割と戻るまで、ここにいてもらわねば」

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