第271話・安心する肌触り
「よし。整った」
エキャルの緋色の羽毛がぴかぴかだ。
それでも毛じゃなくて羽毛だから、どうにもならなくて謝りながら何本か羽根を抜いた。
でも良かった。飾り尾羽をもしゃくしゃにしなくって。
緋色の鳥と知られる伝令鳥だけど、尾羽は黄金色と瑠璃色の混ざった美しい長い羽根が美しい。いい伝令鳥の美しい羽根なら、尾羽一枚で一週間くらいは食えるくらいの金になる。ちなみにエキャルはトップクラスの伝令鳥なので、もうちょっと行くかもと伝令鳥・宣伝鳥業者のパサレさんは言っていた。
お金のことはさて置いても、伝令鳥の誇りと言われる飾り尾羽がもしゃくしゃにされた挙句抜かれたらいくらエキャルでも怒るだろう。
「手慰みにエキャルの羽毛をもしゃくしゃしてしまうなら、これでも持っておけ」
ティーアに渡されたのは、拳大くらいの袋。
開いてみる。
緋色や桃色の羽毛が詰まっている。
「これは?」
「エキャルや宣伝鳥の抜けた羽毛をまとめたヤツ」
いや、みりゃ分かるけど。
「何となく捨てるのももったいないんで集めてたが、こんな所で役立つとは思わなかった。まあ、手近にあるものをもしゃくしゃするなら、エキャルじゃなくこっちをもしゃくしゃしろ。こっちは絡もうが
手を小袋に突っ込んでみると。もしゃくしゃしたくなる肌触りが手を包む。
もしゃくしゃもしゃくしゃ。
「……おい、早速するな」
あ、いけない。
「エキャルも張り合って自分の胸出さない!」
ティーアに怒られて、エキャルも一瞬小さくなる。
「でも、エキャルがいてくれてよかった」
撫でて撫でてと頭を寄せてくるエキャルを撫でながら、ぼくは息を吐いた。
「エキャルは純粋にぼくを好きでいてくれるから」
「他の連中が何かあって自分が好きだと思ってるのか?」
「あ、それは……ちょっと違う。ただ、兄で、町長のぼくは、あんまり弱音を吐けない。弱ってるところも見せられないし、甘えすぎると心配される」
「お前を受け止めてくれるヤツはいるだろう?」
「うん。でも、聞かせることも出来ないし口に出すことも出来ないこともあるんだ」
エキャルが長い首を伸ばしてぼくの胸に頭を擦り付ける。
「でも、エキャルは励ましも応援も助言もせず、ただ傍に居てくれる。そういう存在。……それが、すごく有難い」
「……厄介事にでも首を突っ込んでいるのか?」
ティーアの心配そうな声。
「いや、厄介事は最初からくっついて来てた。ぼくが気付かなかっただけで」
ふー、と息を吐く。
「それが表に出てきただけ」
「厄介そうだな」
「うん、厄介。すごーく、厄介」
おっと、とぼくはティーアを見た。
「今のこと、内緒にしてくれる?」
「そりゃ、お前が黙っていろっていうなら黙っているさ。だけど、鳥にしか吐き出せないっていうのは問題じゃないか?」
「いや、厄介事がぼく限定で厄介過ぎるだけ。ぼく限定だから相談できないし相談されても相手が困る」
「そうなのか」
床に落ちた緋色の羽根を拾いながら、ティーアはそう言ってくれる。
「そういう時はここに来ればいい」
「ティーア?」
「お前は鳥を触っていると落ち着くようだしな。エキャルはもちろん、宣伝鳥たちもお前のことを心配している。俺は大体ここにいるし、いなくてもお前はここに入る権利があるからな。片っ端からもしゃもしゃしろ」
「え」
「エキャルがいないこともあるだろう? 第一エキャル一羽だったら大変なことになるくらいもしゃもしゃだったじゃないか」
確かに……もしゃる相手が多いなら、手遅れになりそうなもしゃれ具合にはならないだろう。
「でも、後で手入れするのは大変じゃ?」
「お前も手伝うんだぞ、もちろん」
「はう」
「はうじゃないはうじゃ。お前が乱したならお前が直せ」
それもそうです。それはぼくがしなければならないことです。
止り木に止まっている宣伝鳥たちが首を伸ばしてぼくの髪の毛をつつく。親愛の証の
エキャルがぼくの頭の上に移動して、全身の羽毛を膨らませて怒ってる。
そして猛然とぼくの髪を羽繕いし始めた。
「エキャル。痛い」
「そろそろ止めないと今度はお前の髪がもしゃもしゃになるぞ」
「ちょ、エキャル、引っ張らないで、はげる」
「落ち着けお前ら。お前らの出番は次にクレーがここに来た時だ」
桃色の宣伝鳥たちは残念そうに首をひっこめ、頭の上でエキャルが勝利のタップを踏んでいる。だからエキャル、ぼくの頭の上はお前の舞台じゃない。
「何を苦労してるかは知らないが、お前がもしゃもしゃしたいならここに来て存分にもしゃもしゃしろ。俺は出ろと言うなら出てるから、落ち着くまで安心するものに触っていればいい」
「ゴメンティーア、仕事の邪魔するようなことして」
「俺は鳥飼で鳥の面倒を見るのが仕事だが、その鳥に触ってお前が落ち着くっていうのなら、町長なんだから好きなだけ触ればいい。その後の手入れをちゃんとしてくれるならな」
ティーアの優しさが身に沁みます……。
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