第270話・エキャルはもしゃくしゃ

「さて、今回のわたくしの出番はこれで終わりですかな」


 お爺さんはにっこり笑ってそう言った。


「本当に申し訳ありません、こちらの町の事情に巻き込んで……」


「いやいや、喜んで巻き込まれに来たのですから」


 そういやそうだったなあ。他所の町を見るのとご飯を食べるのが目当てだったっけ。もちろんグランディールを心配してもくれたんだろうけど。


「良い友も見つかり満足ですよ。またこっそり来させていただいてもよろしいですかな?」


「勿論」


 ぼくたちは連れ立って門まで行く。今は担当がキーパだ。敬礼する。


「今回は大神官の在り方を考えるいい機会になりました。町だけでなく神殿も仲良くさせていただきたい」


「ありがとうございます」


 ぼくとお爺さんは固く握手する。


 お爺さんは待たせていたお供に笑いかけると、お供の連れている空騎獣に乗り込んで、手を振りながら去っていった。



「本当に、プレーテ大神官には感謝しかないな」


 サージュは遠ざかる騎獣を見ながら呟いた。


「だよね。ラガッツォが呼び出そうと言ってくれて助かったよ」


 ラガッツォのその提案がなければ、ぼくは西の民と話していてキレかけた時、自分を制御できず大暴走してたかもしれない。口だけじゃなく手も出たかも知れない。手が出るとぼくが隠している力が出て来る可能性だってある。結果、一番最悪な方向を見るとぼくとグランディールが一緒に沈んでいたこともあり得る。


 本当お爺さん感謝です。


「……そういや町長クレー


「んー?」


 会議堂に向かって歩き出したぼくに、後ろからサージュが声をかけて来た。


 ぼくは頭の上のエキャルを相手しながら応じる。


「今回、町長の仮面はどうしたんだ?」


 びくぅっ!


 思わず背筋が伸びたのが自分でも分かる。


「仮面……仮面ね、あれー……」


 エキャルの羽毛をくしゃくしゃにしながら答える。


「使わないことにした」


「え?」


 アナイナが目を丸くする。


「お兄ちゃん、あの仮面のおかげで助かったって何度も言ってたじゃない。何で今更?」


「んー……」


 もしゃくしゃしながら言葉を選ぶ。


「町長として存在するなら、そういうものに頼らないでいざって時に何とかできないかなーって……」


「なんでうまくやれる方法をわざわざ捨てるんだい?」


 今度はアパル……っ!


「町長の仮面は君のいうところの概念だろう? 概念に義理立てする必要はないと思うんだが」


「んー……」


 もしゃくしゃもしゃくしゃ。


 何と説明するべきか……。


「お兄ちゃん」


 今度はアナイナッ?!


「エキャルがもしゃもしゃなんだけど」


「え?」


 そういや無意識の内にエキャルをもしゃくしゃしてた……っ!


 ぼくは両手でエキャルを掴んで頭の上から目の前へと持ってくる。


「わー!」


 エキャルの綺麗な羽根がもっしゃもしゃ!


「ゴメンエキャル! てか嫌なら言って! 気付かなかったぼくも悪いけど!」


 エキャルはもしゃくしゃなままご機嫌に羽根を揺らす。


「嫌じゃなかったの?! でもこれ直すの大変だから嫌じゃなくても言って! わー!」


 ぼくは慌てて会議堂に向かって駆けだした。


 相変わらずご機嫌なエキャルを抱えて。



 会議堂から真っ直ぐ鳥部屋へ向かう。


「ティーア! いる?!」


「大声を出すな鳥が驚く……うわ?!」


 ドアを開けた鳥飼のティーアがもっしゃくしゃのエキャルを見て、慌てて飛んできた。


「茨の中にでも突撃したのか?」


 うん、このもしゃれ具合はそういう風にも見えるよね……でもゴメン。


「ぼくがやりました」


「は?」


 胸の辺りとかが念入りにもしゃくしゃされているエキャルを見て、ぼくを見て、強面なティーアが間の抜けた声をあげた。


「誰」


「ぼく」


「何をどうしたらこんなもしゃもしゃになるんだ」


 エキャルが痛くないように整えるやり方を指示しながら、ティーアが呆れたように言う。


「いやーちょっと気まずいことになって……」


「生きてれば誰だって気まずいことはあるだろ」


「何となく手慰みにエキャル撫でてたらなんかもしゃくしゃに……」


「やり過ぎだろこれは。どれだけ気まずかったんだ」


 いや、ぼくが自主的に気まずくしちゃっただけなんだけど。


 町長の仮面。


 あれを使わないとなると、ぼくの町長としての評価は……そうだな、よくて今までの半分くらいには落ちるかもな。


 ぼくにとっては「グランディール町長」を演じる仮面で、あの仮面を被っていると「町長らしい」とぼくが思う言動が取れるようになる。


 だけど、その仮面を精霊神あいつが利用してくるとしたら話は別だ。


 仮面を使っている時、ぼくの意識は任せっきりで別のことを考えたりしている。その隙にあいつがぼくを操って自分の都合を優先させようと思っていたら。


 ぼくがひっこめられて、あいつが表に出て来る可能性だってある。


 そうして、ぼくの頭の中にあるあいつが、ぼくを封じ込めたら。


 残念ながらぼくはあいつの一割でしかない。力勝負になったらまず勝ち目はない。


 意識と記憶を消されるか……あるいはどこかに封じられるか。


 そう言うことにされないためにも、ぼくは可能性があるところを潰していかなきゃいけないんだ。


 エキャルのもしゃくしゃを手入れしながら、ぼくは思いを新たにした。

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