第273話・あいつの思惑
あいつ……精霊神の気配が揺らぐ。
まずいまずいまずい!
このままだと、本当にこの世界に置いてけぼりだ!
精霊の時の感覚は人間とは違う。精霊神がほんの数時間のつもりだとしても、人間の感覚で言えば年単位になってしまう。ましてやぼくを浄化するとか言う時間が経てば……。
二度とみんなと会えない!
出られる頃には、町が三代目くらいになってしまっている可能性だってある!
そんなの……。
そんなの、嫌だ!
駆け出す。
薄れゆく精霊神の気配を追う。
その左腕を捕まえる。
ぐっと握り、こっち側に引き込む。
左腕を掴まれた精霊神が、そっと右腕を伸ばしてくる。
これに触っちゃいけない!
咄嗟に払いのけ、右手に触らないよう相手の体を抱え込む。
「大人しく残りなさい」
精霊神が駄々をこねる子供に言い聞かせるような声音で言う。
「君は、浄化されなければならない」
「そっちの勝手な都合で……ぼくが積み重ねてきたものを奪われてたまるかあああ!」
振り払おうとする力を、ぼくの全力でしがみつく。
ぼくの力は相手の一割。負けは決まってる。
だけど。
だからって、諦められないことも世の中にはあるんだよ!
しばらく右手で触れようとする精霊神と全身を抑え込むぼくとの間で無言の格闘があった。
右手に触れないよう、腕を払いのける。その瞬間、ぼくの振り払われた手が相手の顔面を払った。
銀の仮面が吹き飛ぶ。
音もなく仮面が地に落ち、そして仮面に視線を向けていた精霊神が……。
こっちに視線を向けた。
同じ、青い瞳。
同じ、顔。
なのに、相手には不気味なほど表情がない。
「安心しなさい」
精霊神は口を開く。
「君の友は、私の友として扱う。仇やおろそかに扱いはしない」
「そういう……問題じゃないっ!」
相手の右腕を左手で抑え込み、拳を作って、自分の……精霊神の顔に叩き込む。
「お前がぼくの九割だろうと、お前が大事に扱おうと、お前はぼくじゃない! お前はぼくじゃないのに、ぼくが今まで努力して獲得してきた全てを奪い取ろうとする! 許せるか! ……許せるかっ!」
もう一発。
しかし顔を歪めることすらしない精霊神。
「君が許せるか許せないかの問題ではない。私が認められるかどうかの問題なのだ」
「知るか!」
大陸が栄えようと、滅びようと、そのままであろうと。
「ぼくの知ったことか! ぼくが守るのは……グランディールだ!」
「私が守るのは人の世」
殴られながら、精霊神が右腕を動かそうとするのを全力で留める。
「だから、私の守る対象の中に君の町はある」
「嘘を吐け!」
ぼくにはわかる。精霊神は嘘を吐いているつもりはない。でも。
「お前が守るのは……第二のスペランツァであってグランディールじゃない!」
「同じことだろう?」
「違う! まったく、違う!」
ぼくがみんなと一生懸命作ってきたグランディールと、精霊神の意思で作られるスペランツァ。
「同じもののはずが……ない……っ!」
「
「ワガママなのは、どっちだ……!」
不意を突いて動き出そうとする右腕を両手で全力で抑え込む。そのまま体当たりし、相手を押し倒し、馬乗りになる。
「今までのぼくの努力を何もせず手に入れようとする、そっちの方が、ワガママだろうが……っ!」
そして叫ぶ。
「ぼくにまちづくりってスキルを与えたんなら、お前がぼくを送り出した目的は町を作ること、ならグランディールが思い通りにならなかったからぼくを追い出そうってのか!」
「否、グランディールは良い町だ」
殴られても動揺する様子がなく……痛覚というものがないのだ……精霊神は静かに告げる。
「足りぬのは信仰心」
「だから聖職者を四人もそろえたってのか! それでも思い通りにならなかったから自分が降臨しようってのか! 図々しい! ぼくの町に!」
怒りで目の前がチカチカしてきた。
「お前が……お前が余計な真似をするのを、放っておけるかあ!」
その一瞬。
両腕の拘束が解かれ、精霊神の右手がぼくの顔を掴んだ。
「ここで大人しくしていないというなら、人の世に帰してやろう」
精霊神の言うことは、妥協にも聞こえるけれど、でも違う。
こいつに、妥協するつもりは、ない!
「ただ、本拠をグランディールにするならば、君の存在は邪魔だ」
そら、やっぱり。
「だから、離れた場所に送ろう。新たな肉体と共に」
右手がしっかりと顔を掴む。
送られてくる力は……ヤバい! 危険だ!
これは……ぼくの身体を、作り変える!
「案ずるな、私はお前の仮面を使う」
メリ……と音を立てて、ぼくの顔が剥ぎ取られたような感覚がした。
「この仮面のままに君をすれば、私は君と疑われず、君を演じられる」
そして。
爆発する様な光が視界中チカチカと爆発し、ぼくはその世界から放り出された。
これから先のぼくの行く道には、嫌な予感しか、しなかった。
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん?」
声をかけられ、私……いやぼくは、ベッドの上に身を起こした。
「何だいアナイナ」
「もう朝だけど……朝ご飯は食べるの?」
「ああ、食べる。ごめんな、寝過ぎたか」
ぼくは服を着替えながら、ドアの向こうの妹に応えた。
ここから、本当の世界救済が始まるのだ。
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