第172話・表と裏

 フォーゲルが見えると、飛行獣を操るミアストの使者は無言でその門に向かう。


「どちらから?」


「エアヴァクセンからの使者です」


 愛想よく声をかけた衛兵は、その言葉を聞いて途端に眉をひそめる。


「こっちだ」


 飛行獣を降りて、使者は乱暴にスヴァーラの腕を掴んで、会議堂へ向かう。まだ本調子ではないスヴァーラは、半分引きずられるように歩いて行った。


 会議堂の小部屋で、使者はスヴァーラを見た。


「貴様は今、口がきけない」


 スヴァーラは動かない。エアヴァクセンを出る時、モルのスキル「無言」で、意思疎通が出来なくされたのだ。


「フォーゲルの門を再び出る時まで口はきけない……つまりもう貴様は一生口がきけない」


 フォーゲルから出られない、と暗に言われているのだと、スヴァーラは思った。


「最後の町長への御奉公だ、大人しく罰を受けるんだな」


 罰……ミアストの代わりに、フォーゲルで罰を? ああ、でも、ミアストの下で、モルの下で小さくなっているよりは、フォーゲルで何も言えずに何かされるほうがいいよね……と、スヴァーラは諦めた。


 その時、外からノックの音がした。


「エアヴァクセンからの使者というのは貴様か」


 開口一番、そう言ったのは、猛禽類を思わせる鷲鼻と瞳をした男だった。


「はい。アッキピテル町長でしょうか」


「如何にも」


 ムスッとした顔をした町長は、じろりとスヴァーラの方を見た。


「鳥を丁寧に扱わない町とは契約したくないのだがな」


「はい。ですので、鳥を大切に扱わなかった飼い主を連れてきました」


 鋭い目がもう一度スヴァーラを見る。


「スヴァーラ・アンドリーニア、オルニスの飼い主か」


 オルニス?


 この人、あの子のことを知ってるの?


 スヴァーラは何か言おうとしたけれど、喉の奥に引っ掛かった棘のようなものが声を出させない。


「はい。飼い主としてふさわしくない行動をしていたので、罰はこの女に与えていただければと思います。この女はエアヴァクセンの戸籍からも消しましたから、もうエアヴァクセンとは無関係ということで、一つ」


 アッキピテルはへつらう使者を一瞥いちべつし、呟いた。


「鳥どころか人も大切にしない町ということか」


「⁉ い、いえ、今回はこの女が一方的に悪いので……!」


「まあ、そう言うことにしておこう」


 アッキピテルは立ち上がった。


「では使者殿、すぐにフォーゲルを去るのだな。エアヴァクセン町長に、これ以上鳥をいたぶるのであれば手紙の通り、全ての鳥を返してもらうとしっかり伝えておけ」


「ありがとうございます!」


 使者は大喜びで帰っていった。女ひとりでフォーゲルの気が済むのなら、安いもの。これで自分もエアヴァクセンに帰れる。


 使者の弾むような足音が完全に消え去ってから、アッキピテル町長はスヴァーラを見た。


「怪我は?」


 無意識のうちに殴られていた腹をさすっていたスヴァーラは、首を振ろうとして動けないのを思い出し、目を伏せた。


「いや、あの男が殴らないはずはないか」


 そうして、先程まで使者を見ていたときとは違う穏やかな目で、スヴァーラを見た。


「移動はできるか?」


 スヴァーラは動けない。


 歩けないことはないはずだ。連れていかれて歩けなければエアヴァクセンが何らかの暴行を加えたと思われるから、歩ける程度には治されたはず。


 アッキピテル町長はスヴァーラに手を差し出し、その手を引いて隣の部屋に移った。


 ベッドがある、恐らくは仮眠室。


「少し待ってくれ。今医者が来る」


 え……?


 フォーゲルは、ワタシを裁くんじゃないの……?


 スヴァーラが混乱している間に、医者が来て、スヴァーラをベッドに横たえて、傷の様子を診た。


「全身殴られたのを、見える部分だけ痣を消して連れてきたようですね。酷いものだ」


「人に暴力を振るう人間が、小鳥を痛めつけたと聞いても驚かんよ、私は。治りそうか?」


「少し時間はかかりますが」


「そうか。これで貸し一つ。エアヴァクセンに釘を刺せたから差し引きゼロかな? 彼らが我々の誇りを知っていたのが君にとっての幸いだった」


 不意に笑顔を向けられて、スヴァーラは目を丸くする。先程まで鳥をいたぶられたことに怒りを隠そうとしていなかった彼が、いたぶられた鳥の飼い主にこんなに柔らかい表情を向けるとは思わなかったのだ。


 どうして。


 疑問は多々あるが、それを声に出せない。その間にも医者はスキルで自分の傷を癒していく。いたぶられた鳥の飼い主にやることじゃない。


 そして、もう一つの気がかり。


 オルニスは……エアヴァクセンから逃がしたあの子は、今何処にいるのか。


 アッキピテルは知っているはず。なのに声にならず聞くことは出来ない。


 モルの最後の呪いが、エアヴァクセンを追放された後もこの体にこびりついている。


 言いたいのに、聞きたいのに……!


 その時、ドアの方から叩く音が三回、した。


「いいですか?」


 ドアの向こうから、まだ若い……男の声。聞き覚えがある。


「ああ、どうぞ」


 アッキピテルが気軽に応える。


 ドアが開いた。


 栗色の髪に青い瞳。見たことがない……いや、ある……?


 自分はモルについて、彼が町から追い出される瞬間を見たのだから。


 スキルは「まちづくり」。


 上限レベル1……つまり目覚めた時点でこれ以上伸びないというスキルに、ミアストは激怒して彼を追い出した。


 グランディールの町長と同じ名と顔……そして違う色を持つ少年……。


 クレー・マークン。

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