第173話・解かれた呪縛
「スヴァーラさん」
ぼくは笑顔で話しかけた。
スヴァーラさんは不思議そうな顔をしている。
そうだよな。スピティの展示即売会に行った時、ぼくの髪と眼の色は全然違っていた。顔は同じでも、印象が全然違うとグランディールのみんなが言っていた。両方のぼくをすぐ傍で見ている町民がそうなんだから、どちらのぼくもチラッとしか見ていないスヴァーラさんが、イコールで考えるのは難しいだろうなあ。
スヴァーラさんはしばらく口をパクパクさせていたけど、首を傾げて口を閉ざす。
「声も、筆談も、動作も……意思表示が出来ないんですね」
スヴァーラさんは何もしない。
母さんがモルのスキルを覚えていた。声を出せなくし、筆談も出来なくする「無言」。これで黙らせてボコボコにする、というやり口で嫌われていた男が、フォーゲルの怒りから逃れるのに飼い主を突き出すだけで済むはずはない。スヴァーラさんが本当のことを言ったらエアヴァクセンに再び怒りが向く。「無言」は絶対使われると。
でも、モルもミアストも知らない。
うちにはスキルの解除方法まで「鑑定」する最強鑑定スキル、ヴァローレがいる。
ヴァローレは、ここしばらく「鑑定」を使ってなかったので絶好調。黄金に光る眼でスヴァーラさんを見る。
「力技だな」
ヴァローレが呆れたように呟いた。
「解ける? エアヴァクセンでは条件が満たされない限り誰にも解けないって言われてたらしいけど」
「ああ。フォーゲルの門を抜けるか、スキル解除するか。どっちでも行ける。多分エアヴァクセンはこの人がフォーゲルから生きて出られないだろうからこの縛りをつけたんだろう」
呆れたようなヴァローレの声。
ぼくはヴァローレからスヴァーラさんの方を向いた。
「どうする……と言っても、門まで行って帰るのもつらそうですし、言いたいことがたくさんありそうな顔ですね」
スヴァーラさんの目が言っている。何故と、どうしてと。
「ここで解いちゃって」
「了解」
ヴァローレは金の瞳のまま、スヴァーラさんの前に立ち、その目をじっと見つめる。
そして、そっと手を上げた。
右手と、喉元に、手を当て、グイっと引く仕草をする。
「!」
一瞬スヴァーラさんの顔が歪んだ。
そして。
「痛……え……?」
思わず呟いたその声が音になったのをびっくりして、スヴァーラさんの目が丸くなる。
「これで大丈夫?」
「ああ。ちょっとショックはあったかも知れないけど、スキルは完全に解けた。そしてスキル持ち主がエアヴァクセンにいるなら、フォーゲルは遠いからスキルが解けたことも気付かないだろ」
「ありがとう、ヴァローレ」
「どう致しまして」
自分の仕事は終わったとヴァローレは出て行き、スヴァーラさんを診ていた医者も頭を下げて出て行ったので、部屋にはアッキピテル町長とぼくとスヴァーラさんの三人だけになる。
「ありがとうございます、アッキピテル町長。無茶な頼みを聞いてくださって」
「なんの。ちっとも無茶じゃない。最近のエアヴァクセンの動向は目に余った。いつフォーゲルに何か言いがかりをつけて来るか分かったものではない。その前に釘を刺せただけで充分だ。それに、君の町は我が町の鳥を大事に扱ってくれているからね」
ぼくとアッキピテル町長は固く握手した。
「あ、の」
少し掠れたような声で、スヴァーラさんは言った。
「オルニス……は……ワタシの……小鳥は……今、どうして……」
ぼくは笑顔で応えた。
「大丈夫。それよりあなたの容態の方が心配だよ」
「それはうちの町の医者が責任を持って治した。少し後遺症は残るが、それもゆっくり休ませれば確実に治ると」
「ありがとうございます」
ぼくは深々と頭を下げる。
「ああ、来たようだ」
アッキピテル町長がドアの方を向く。少しして足音が聞こえる。
「「気配察知」ですか?」
「ああ。私のは鳥に限るがね。ただ鳥ならば今どんな状態なのかということまで分かる。フォーゲルの町長は町民へと同じくらい鳥のことを気にかけなければいけないからな」
「へえ」
ドアが開く。
「オルニス!」
強面……ティーアの肩に止まっていた小鳥が、翼を広げて飛び立つ。
真っ直ぐ飛んで行って、スヴァーラさんの指に止まる。
「オルニス……!」
スヴァーラさんの両目から、涙が溢れた。
◇ ◇ ◇
スヴァーラさんが泣き止んで、目を真っ赤に腫らしながらも落ち着くまで、ティーアも、アッキピテル町長まで待ってくれた。
「アッキピテル町長、もう行かれても大丈夫ですよ?」
「何、関係した種明かしは目の前で聞いてこそ面白い」
猛禽類を思わせるフォーゲル町長は、顔に似合わず色々面白がる癖があるらしい。この作戦に巻き込んだ時、エアヴァクセン大嫌いなおっかない町長の演技もしてくれたしね。
「この事件の始まりは、あなたがこの小鳥を逃がしたこと。それでいいですか、スヴァーラさん?」
頷くスヴァーラさんに、ぼくはゆっくりと説明を始めた。
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