第188話・荒野の手前

「……以上」


 ぼくが手紙を置くと、サージュが手を伸ばして便箋びんせんを眺める。


「必死だな」


 文面を見てぽつっと呟く。


「分かるの?」


「字でわかる」


 ……てかどうして字でわかる?


「力が入ってる。その割に文字が震えて、吊っている。焦っている。ついでに言えば伝令鳥もここまで必死だしな。多分この伝令鳥に全てを賭けてきたんだろう」


「……どういう意味、だと思う?」


「どういう意味もこういう意味も」


 サージュが水を飲みながら一言。


「助けてくれ、だろう」


 いやそれは分かるよ。助けてくれって書いてあるんだから。だけど。


「そんなにまずい町って、ヤバくない? 確かに今ぼくたちグランディール町民を増やそうとしてるけど、そこまでヤバい町入れたらまずくない?」


「衰退した理由は分かる。日没荒野の近くなら、最近は旅人もいないだろう。水と引き換えにする品もないはず」


「サージュ、ポリーティアー知らなかったんじゃなかったの?」


「日没荒野を知っていれば予想はつく。日没荒野は知っているだろう?」


 苦笑してアパルがフォローに入ってきた。


「大陸の西の果てにある、ひたすら荒れ地が続く場所でしょ? 誰もその荒野の果てを見たことがない、日没だけが知っているって」


「そう。荒れ地だから当然何もない。獣も草もない。水すらないという不毛の地だ。ただ、その荒れ地を乗り越えた先に精霊神の大神殿があるという伝説があって、伝説を信じた者や町が、天災なんかの時に救いを求めて踏み込むけど、誰一人として帰ってきていない」


 ん?


「確か、ペテスタイって」


 空飛ぶ町ペテスタイは、十代町長が大神殿の伝説を求めて、共に行くと言った人々と共に旅立ったという。その後のことは誰も知らない。大神殿に辿り着いて神の町になったとか、途中で墜ちたとか。


「そっか、ペテスタイが向かったっきり戻ってこないのが日没荒野なんだ」


「ポリーティアーはそんな荒野の手前にある。水すらない荒野の手前で、雨が降らなければもう何も生えやしない」


「つまり、本当に何もなくて、自分の町じゃ暮らしていけなくって、移動できる町に救助を求めて来たってことだ」


 グランディールなら水もあるし。


「どうしよう? 町長が逃げちゃってるんだよね。そのまま取り込んでいいのかな?」


「大丈夫だとは思う。ただ町長の正体も滞っているからな」


「西にもいくつか待ってる町があったよね」


「……どっちを優先だ?」


 サージュは渋い顔で聞いてきた。どっち、とは、ポリーティアーと西の招待する町だろう。


「大急ぎで駆けつけて、ゆっくり移動すればいいじゃないか。……命がかかってるんだから」


「町民は町を捨てるつもりなのかな?」


 アパルの言葉にサージュは便箋にもう一度目を通す。


「町長が捨てた町だ、町長代理とやらも町の存続は望んでいない。町民を何とか食べられる場所へ移動させたいということだろうな。多分水が豊富という所にも希望を託しているんだろう」


 グランディールの水路天井がスピティにも出来て、このスキル技術を教えていいよと言ったらランクの高い町があちこちで真似しているって話を聞く。エアヴァクセンは直接教えろって未だに言ってきてるけどね! 教えろっていうか作れって言ってるけどね! グランディールの誰も作ってやろうなんて思ってないからね!


 ぼくがぶっ倒れたことから研究されたこのスキル技術は、ぼくが開発したってことになってるけど、「水を作る」「水を動かす」「水を増やす」の三つのスキルがあれば、何とかなる。


 でも、ポリーティアーにはそんなスキルの持ち主がいないんだろう。


 同じく水に困っていたスピティはSランクでスキル持ちを搔き集められるから人材も多かったけど、存続すら危ないEランクが「水を作る」「増やす」スキルを集められるとは思えない。


「グランディールが噂だけでもしかしたら実体はないかもって思ってる。それでも助けに来てくれそうなのはここしかないとも思ってる。多分町の財産で残ってたのはこの伝令鳥一羽で、それに希望を託して飛ばした」


 黒い目を潤ませて見上げる伝令鳥の頭を指先で撫でながら(エキャルが頭をつついてきた)、ぼくは言った。


「希望を託されたんなら、応えたい。せめて今残っている人たちだけでも」


 サージュが肩を落とした。


「平和的に人数を増やせるチャンスでもあるしな……。もしかしたら上積みされるかもしれないし」


「上積み?」


「周囲の町もヤバいって言ってるだろ? ポリーティアーよりはマシだけど限界近いってことだ」


「あー」


「そもそもそれらの町は「くに」以前からあって、大神殿を目指す旅人を限界ギリギリまで支援するための神殿の出先機関が、「くに」がなくなって町化したようなところなんだ。だが、大規模な捜索隊はペテスタイの未帰還で失われ、小規模・個人で目指すのもいなくなる。大神殿の伝説が消えて行けば、当然目指す旅人……神殿が支援しなければならない人間がいなくなるわけだから、神殿も手を引く。そうなればそれらの町に未来はない」


 ……もう本当に、どの町も限界ギリギリってことだ。

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