第245話・「ぼく」と「私」

 ぼくはアナイナを抱きかかえたまま、大聖堂の真ん中に立っていた。


 足元に、三人の新成人が倒れて……いや、眠っている。


 そして、僕の前の方に、泡を吹いて倒れているミアスト。扉の方に同じく気絶している大男。


 ……何だったんだ、今のは?


 夢……だと思うけど、夢じゃ……ないと、心の一部分が告げている。


 そう、町長の仮面とぼくが呼んでいた、あの仮面が。


 あれは……町長の仮面は、町スキルで出来た、ぼくの補助アイテムじゃない。


 ぼくの魂……ぼくと言う人間の根源が、こごって、ぼくに必要な知識、ぼくと言う立場に必要な意識となって形を成した。それが、町長の仮面……。


 そして、ぼくの魂は……。


 ぼくは小さく震えているのを感じた。抱えているアナイナじゃなく、ぼくの震え。


「う……」


 床で眠っていた、加護に守られた三人が、目を覚ます。


 アナイナを抱えて呆然と立ち尽くす、ぼくを見る。


 怯え……じゃない。畏怖。町長へ向けるものではない視線。


 そんな目を向けられる理由は、ただ一つ。


「精霊神様……」


 震える声で言い、ゆっくりとひざまずく。


 やめてくれ。


 ぼくは、そんな存在じゃない。


 でも。


 あいつが……夢の中で町長の仮面をつけていたあいつの言葉が、真実として頭の中に響き渡る。


 お前は、人間の肉をまとった、私自身なのだと。我が一割、それがお前なのだと。


「精霊神様」


「一つ、言っておく」


 ぼくの声は、思った以上に低かった。


「ぼくのことを呼ぶのは、この神殿の中、他に誰もいない時。それを、約束してくれ」


「精霊神様……?」


「魂が精霊神であろうとも、ぼくはぼくだ。グランディール町長の、クレー・マークンだ。それは……それだけは、ぼくの、ぼくにとっての、だ」


「せい……」


 ヴァチカが言いそうになるのを、ラガッツォが止める。


「やめろ、ヴァチカ」


「でも、そんな不敬を」


「クレー様……いいや、クレー町長だって、ここに至るまで知らなかったんだ。おれたちみたいに聖職者になりたいって望んだわけでもない。……アナイナと一緒だよ。町長だって、望んで精霊神様の現身うつしみとして生まれたわけじゃない。町長は、ただ一生懸命、町と町の人たちのために頑張ってきただけなんだ。……実は精霊神様だったからって、おれたちが態度を改めたら、町民も態度替えちまう。そして、町の外に知られてみろ。精霊神様の御加護を求めて人がグランディールに押し寄せて来るぞ。空の上にあっても乗用鳥なんかで乗り付けるヤツがきっといる。そうなったら、グランディールの平穏が破られる」


 しゅん、と三人は俯いた。


「ありがとう、ラガッツォ……」


 ぼくの意思を汲んでくれたラガッツォに頭を下げる。


「頭下げないでくだ……いや、さげないでくれ、クレー町長。ただ、神殿で心の中だけでは祈ることを許して欲しい……です」


 最後の言葉は、精霊神としてのぼくに向けたんだろう。


「うん。それは君たちの仕事だからね。ぼくって言う存在が目の前にある以上、ぼく以外の何かに向かって祈れって言うのは無理だろうから……」


 ぼくと言う存在が、揺らいでいくのを、ぼくは感じていた。


「で、精霊神様……こいつらはどうしましょう」


 マーリチクが指したのは、気絶しているミアストと大男……モル。


 エアヴァクセンの町民は、町が終わったことを察しているだろう。


 ぼくの本体、九割が、ミアストからスキルと町長資格を奪った。


 町長が町長でなくなった、その時点で、町の中心である会議堂が閉じられてしまう。会議堂は町の指針を決める場所なので、町長がいなくなったら開くわけにはいかないのだ。


 会議堂を開くには、取り合えず町長代理を決めなければならない。


 それでも、まだ町は動き出さない。


 町でおこなうことの許可を出すときに使う町長印がないからだ。


 町長印は、町長が手ずから作って完成させないとできない。ぼくは勝手に出来てた……っていうか、ぼくの本体が作った、んだろうな。多分。町長の仮面と同じに。


 町長になる人間を決めて、その町長が町長印を作って、それが認められて、やっと会議堂が開く。


「……帰ってもらう」


 ぼくはアナイナを片手で抱えつつ、空いた左手でミアストを、そしてモルを指した。


「元の町へ。町長の資格はもうなくなったから、町民がどんな反応を示すかは知ったこっちゃないけど」


 ちょっと意識すると、途端にミアストとモルの姿が消えた。脳裏に浮かんだ図は、エアヴァクセン会議堂の前に放り出された二人。


 胸元からこぼれ出ているのは、エアヴァクセンの町印だったもの。


 これで、ミアストが町長の資格を失ったのは、誰の目にも明らかだ。


 何故。


 それはミアストには答えられないだろう。グランディールの神殿に忍び込み、聖職者を奪っていこうとした、ところまでだろう。ぼくの中の精霊神がミアストを断罪して神殿から叩き出された、ことまでは覚えていない。


 目が覚めれば、スキルが消え、町印が砕けていたことを知る。そして絶望するだろう。

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