第244話・存在理由

 ミアストは、以前スピティに連れてきていた配下の大男を従えていた。大男が抱えているのは、頭を押さえて痙攣けいれんしているアナイナ。


「これを妹と言うことは、自分がエアヴァクセンから逃亡したクレー・マークンと認めるということだな?」


 ゆっくりと、扉の陰から配下と一緒に出てきたミアストが、完全に自分の勝利を信じ切った顔で言う。


「逃亡した?」


 アナイナが人質に取られている……。対応には注意しなければならない。


 だけど、ぼくの口は勝手に言葉を紡いでいる。


「追い出したのはお前だろう? 役に立つスキルではないから、今すぐ出て行けと言ったその口で何を言っている」


「役に立つスキルならスキルと言えばよかったろう!」


「判断したのはそちらだ」


 アナイナが、三人が、助けなきゃ、でもどうすれば?


「ミアスト……どうやって!」


 辿り着いたアパルが、部屋の外から現場を見て、それだけ言って絶句する。


「ふん、クソガキの腰巾着か」


 大男が鼻を鳴らす。自分もミアストの腰巾着のくせに……!


 怒りが沸き起こってくる。


 ゆっくりと。


 火にかけた水に、ゆっくりと空気が浮かび上がってくるように。


 怒りでどうにか……なってしまいそうだ!


「……るな……」


 ぼくは腹の底から声を出した。


「んん? 負け惜しみかな? 愚かにもエアヴァクセンに対抗しようとした若造が」


「ふざけるなぁあああ!」


 怒鳴った途端、異変が起きた。


 ばたん! ばたん! と音を立てて扉が勢いよく閉まった。


 ドアの向こうにいたアパルの姿が消える。


「アナイナを……放せぇぇぇ!」


 叫んだ瞬間に、大男がアナイナを取り落して吹っ飛んだ。


「な……な?!」


 壁に叩きつけられ、ずるずると落ちる大男。


 ぼくは走った。大男が取り落したアナイナに向かって。


「させるかっ」


「どけぇえええええ!」


 ぼくの叫びにぶつかったかのように、ミアストが吹っ飛ぶ。だけどぼくの目はミアストを見ていない。アナイナしか見ていない。


「アナイナ!」


 アナイナは青ざめた顔で、目を閉じていた。意識を失っているようにも見える。


 ふざけるな。


 その言葉だけが頭の中でいっぱいになる。


 ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。


 ふざけるな!


 ふつっと、そこで意識が途絶えた。



「ふざけるな」


 は、アナイナを抱え上げて、男を見た。


 混乱している。戸惑っている。目がうつろに彷徨さまよって、ようやくを視界にとらえる。


 何が起きたか分かるまい。


「ミアスト・スタット」


 の声に、男はビクンッと反応した。


さらおうとした罪は重い」


「…………っ」


「そして町長でありながら町の掟を守らず、他の町を蹴落とすことに夢中になり、己が町を振り向かなくなった罪も重い」


 はく、はくと口を開閉して、それでも言葉が出ない。


 当然だ。が言葉を発することを認めていないのだから。


「何度もを与えた。何度もその為のを与えた。だが、貴様はの言葉を受け入れず、を全て捨ててきた」


 決定事項を、告げる。


「故に、は貴様を罰する。ミアスト・スタットよ。貴様はもうどの町の町長でもなく、どの町の町民でもない。どの町にも留まれず、放浪の旅をするがよい。が解けるまで」



     ◇     ◇     ◇



「……ん……?」


 ぼんやりと意識が戻ってきた。


 ぼくは……。


 そうだ、アナイナを助けるために……ミアストから……。


 !


 そうだ、アナイナ、三人、アパルはっ?!


 起き上がって、そして異変に気付いた。


 白い霧のようなものがかかった、何もない空間。


 いや、何もない、わけじゃない。


 ぼくに背を向け、アナイナを抱えている、アナイナと同じ色の髪の男の姿。


 その足元には、目を閉じている三人。


 顔に苦痛の表情がないのにほっとして、そしてぼくに背を向けている男を見る。


「誰だ!」


 ゆっくりと、男は振り向いた。


「!」


 男は、仮面をつけていた。


 真一文字に結ばれた口元。だが、それより先に目に飛び込んできたのは、顔の上半分を覆い隠す、白銀色の仮面。


 イメージしている、町長の仮面そのままに。


「誰……お前……いや、貴方は……」



 静かに男は告げた。


。それがだ、


 ぼくが……? 誰だって?


「貴方は……誰だ? 誰の、一割だって……?」


 仮面の男はアナイナを抱えたままゆっくりと歩いてくる。


よ」


 男の仮面の奥から、青い目がぼくを射抜くように見た。


に託したのは、遥か遠き昔、過ぎ去りし創造の時代の終わりにに託された、この大陸そのもの。一度は見捨てようと思ったが、祈りにより思い留まり、人がを保つ間は世界を保つとやくした地」


 何を……言ってるんだ……? こいつは……一体……?


「故に、大陸の行く先を、に託す。。かつてが作ったスペランツァのように、グランディールを手本とするが増えるように。が正しいと信じたを。皆がそれを手本とし、ミアストと言う愚か者が二度と現れることがないように。それがの生まれた理由」


 ちょ、ちょっと待って。それって……。


 その時、頭を鋭い槍で貫かれるような感覚がぼくを襲った。


 痛みはない。


 ただ衝撃だけが襲ってきて。



 ……そしてぼくは目を覚ました。

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