第243話・お兄ちゃん

 ミアストはにっこりと笑った。


「そうか。君たち自身に選んでもらいたかったが、やむを得ないな……」


 幼い顔に壮絶なまでの覚悟を宿して睨みつける四人に、正直気圧されているミアストは、それでも虚勢を張って言った。


「君たち自身が来る、と言わせよう」


 四人をまとめて視界に収める。


(グランディールはエアヴァクセンから生まれた……言わばエアヴァクセンの子。即ち、グランディールのものはエアヴァクセンに優先される……)


 目に力を込める。


(そう、グランディールの聖職者はエアヴァクセンに与えられるべきものなのだ……!)


 ミアストの目がギラリと光る。


(だから、来い!)


「う……」


「うあう……」


 四人が頭を押さえて呻く。


(くそっ……「誤認」の効きが悪い……! こんな当たり前のことを、ガキどもは納得しない……!)


 ミアストは上手く行かないことにイライラしながらも、スキルに集中する。


(聖職者と言えど、大神官や聖女と言えど、所詮はレベル1! 私のレベル8000の「誤認」には対抗できまい!)


 成人式で、失望した自分のスキル。町を治めるにも役立たない、人を率いるにも意味がない、発言力すらない。祖父の後を継いで町長になるという夢が潰えた瞬間だった。


 救いはレベル上限が9999……つまり、人間が持ちうる最高レベルにまで到達するスキルということだ。


 そして、今ミアストは確信する。


 このスキルは、今この時、エアヴァクセンに聖職者を連れていくために自分に与えられたのだと。


 守護者、癒し手、大神官、聖女。


 「聖職者」こそがエアヴァクセンで「鑑定」の次に待ち望まれているスキルだった。


 大神官どころか神官すら出てこない。だから、SSランクの町、大神官がいて当然の町なのに、エアヴァクセンの意図と反することを言う派遣神官がいるのみ。


 だが、もう大丈夫。


 必要な聖職者は揃った。これでエアヴァクセンのSSランクは安泰だ。


 笑ってミアストは手招きをする。


「さあ……皆が待っている。エアヴァクセンで、その力を存分に振るうがいい……!」


「いや……違う……わたしは……わたしは……ぁっ……!」


「何を言う……」


 一番効きの悪いアナイナに、ミアストは全力でスキルをかけようとする。


「きさ……いや、君はエアヴァクセンに生まれた子だ……! エアヴァクセンに尽くして然るべき……!」


「……ちゃ……お兄ちゃん……」


 アナイナが苦しい顔で呟く。


「助けて……お兄ちゃん……!」


「ふん。聖職者なのに頼るのは兄か……」


 ミアスト自身は精霊神をさして信仰はしていない。ミアストにとって精霊神はスキルを与える存在だ。ましてやハズレを引かれた身としては、信仰する気も起きない。


 だが、聖職者がいなければ町はゆっくりと衰退していく。鑑定の町に「鑑定」がいないのと同じように、高ランクの町に聖職者がいないのはかなりの痛手。


 だが、聖職者のランクの中ではトップクラスの四人をエアヴァクセンに組み込んでしまえば。


 エアヴァクセンは再起する……!


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」


「貴様が来れば、貴様の兄はグランディールをエアヴァクセンに差し出すだろう。そうすれば貴様の兄もエアヴァクセンに来ることになる。一生一緒に過ごせるぞ……?」


「いや……いや……」


 かくん、マーリチクが膝を折る。ヴァチカが倒れ、ラガッツォが呻きながら床に転がる。


 アナイナだけが、頭を抱えながらも辛うじて立っている。


「負けない……負けないもん……お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」


 頭を抱えて、アナイナは叫んだ。


「お兄ちゃん!」



     ◇     ◇     ◇



「!」


 アナイナの声が聞こえた気がして、ぼくは出てきた神殿を振り返った。


「町長?」


「……サージュ」


 ぼくの顔色を見て、サージュが顔を引き締める。


「シー……いやヴァローレだ、ヴァローレを呼んで。今すぐ!」


「? あ、ああ」


 サージュが広場の方に向かって走る。


「アパル、ついてきて!」



「どうしたんだ、町長」


「分からない、分からないけど」


 ぼくは走りながら言葉を紡ぐ。


「何かあった。この神殿の奥で」


「「守護者」からの連絡があったのか?」


「いや、多分、マーリチクも出来ない状態だ」


「何処からそんな情報が」


「分からない、敢えて言うならぼくの勘」


「分からないって」


 だけど、焦る心だけがぼくを駆り立てる。急げと。急がないとぼくの守りたいものは守れないと。


「? 扉が開いている?」


 町民以外通れないはずの扉が、通路が、開いている。


 「癒し手」や「聖女」に会いたいと、町民や一般客が押し寄せる可能性があったので、「守護者」であるマーリチクが閉じたはずなのに!


 そのことに気付いたアパルも、顔を引き締めて走る。


 大聖堂……アナイナと別れた部屋の、扉が開いている。


「アナイナ!」


 大聖堂の中。


 倒れているマーリチク、ヴァチカ、ラガッツォ。


「みんな!」


 三人は倒れている。だがアナイナの姿がない。


 アナイナは?


「動くな、小僧」


 押して入った扉の陰、ぼくが見えなかったところから声がかかった。


 ……ミアスト……!

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