第242話・覚悟

 ぐすぐすと鼻を鳴らすアナイナと、アナイナを支えるように一緒に入っていく三人の少年少女。間違いない。成人式の主役、聖職者に選ばれた……獲物。


 ミアストは足音を殺して歩く。モルは動かさない。モルの出番は後だ。今は自分だけ……。


「誰だ?!」


 守護者の少年が、気配を察して叫ぶ。


「おっと。怪しいものじゃないよ」


 怪しいことは分かり切った上でそう答える。


「ん……あ……!」


 目をこすった聖女が、アナイナが、叫んだ。


「ミア、スト……! なんで……ここに……」


 泣きすぎて涸れた声。


「ここは、グランディール。ならば私がいてもおかしくはないだろう」


「アナイナ、こいつ……」


「お兄ちゃんを役立たず扱いして追い出したくせに使えるスキルだと思ったら連れ戻そうとする、どうしようもない馬鹿よ!」


 ミアストの笑顔が引きつる。


「あ……あー、町長がこの世で一番嫌いって言ってた……」


「ならなんでここにいるんだよ、あんたエアヴァクセンってとこの町長だろ?!」


「ここはグランディール町民しか入れないのよ!」


「スキル……何かの……」


 赤く腫れあがったまぶたをこすって、アナイナはミアストを睨む。


「とにかくこいつを追い出して!」


 守護者と大神官が女子二人を庇うように前に出る。


「ふふ……私をどうしようというのかな、低レベル君?」


 アナイナが、ぐしゃぐしゃの顔で、それでも憎まれ口をたたく。


「その低レベル君が、役に立つって知って、今更連れ戻そうとしてるのは、どこの誰よ! 第一……あんたがここにいる理由なんて、わたしにだって分かるわよ!」


「いやいや、お互いに利益がある提案をしようと言うのだよ」


「わたしたちに、エアヴァクセンに来いって言うんでしょ」


 アナイナのガスガスの声は、ミアストの図星を突いている。


「わたしは……わたしはっ、グランディールの聖女なのよっ! あんたが無茶苦茶して、ボロボロにした、エアヴァクセンなんかの為に、誰が、祈ってあげるっていうのよ……!」


「おや、エアヴァクセンに来たら、町の中では自由にさせてあげよう」


 ミアストは薄い笑みを浮かべた。


「グランディールがいくら自由の町をうたおうと、聖職者はどうしようもない。聖職者は精霊神が安定しない町をどうにかするために出来たばかりの町に送る贈物ギフトだからだ」


 人を小馬鹿にする笑みがスッと消えて、真剣な顔になる。


「グランディールで選ばれた聖職者は神殿から一歩も出されず町を安定させる為、若い君たちを犠牲にしなければならないだろう。だが、エアヴァクセンではそんな必要はない。エアヴァクセンは安定しているから、聖職者が祈らずとも十分やっていける」


 そして、満面の笑み。


「グランディールはエアヴァクセンから生まれた、いわば親子のようなものだ。君たちがエアヴァクセンに来れば、クレー町長ともいつでも会える」


 四人は俯く。全員、小さく震えている。感動の震えだろうと、ミアストは言葉を続けた。


「さあ、君たちを犠牲にするこんな町など離れて、私と共にエアヴァクセンへ……」


「ふざけるな!」


 ラガッツォが一喝した。


「ふざけてなど……」


「思いっきりふざけてるぞ貴様! ていうか本当に町長か!」


「そうよ! 聖職者がなんで町にいるかすら知らないわけ?!」


「エアヴァクセンには聖職者どころか神殿すらないんだろう!」


 次々に自分を責める子供たちに、ミアストの頭に血が上る。


「世間も知らんガキどもがSSランク町長を前にして喚くな!」


 ミアストの一喝に、四人とも……少しも効いた様子はなかった。


「世間? あなたの言う世間なんて知らない、でも町と聖職者の事なら知ってるわよ! あなたは知らないだろうけどね!」


「僕たちは町と精霊神様の間をつなぐためにいるんだ! 町が道を踏み外して「いくさ」や不正を働かないように! そんなことも知らないなんて、あなたは本当に町長なのか?!」


「どうせ神官の言うことも聞かずに勝手に町を動かして町長面してるだけなんだろう!」


「聖職者が町に発言権を持ってるのは、偉いからじゃない! 町が道を踏み外さない為! 精霊神の教えに背かないよう、忠告する為なの!」


「それにね」


 掠れた声が、一瞬たじろいだミアストに告げた。


「わたしが行った時のエアヴァクセンは本当にひどかった……。本当にSSランクなのってくらいに。ここでわたしたちを言いくるめて聖職者四人を連れて行けば、町は少しはマシになる。そう考えたんでしょう? 冗談じゃないわよっ!」


 アナイナの怒りに、ミアストはびくりと一歩足を下げる。


「わたしが祈るのはグランディールの為! グランディールが出来た頃から一緒だった、町長の為! 町を飛び出さなかったら絶対会えなかったみんなの為! あんな……あんなに町民が苦労して暮らしてるのに町長が全然見てない町なんかの為に、祈ってなんか、やるもんか!」


 ぎ、とミアストの奥歯が鳴った。


「クソガキどもが……」


「尻尾が出たな。本当に聖職者が欲しいならおれたちが何歳であろうと関係ないはず!」


 大神官ラガッツォがビシッとミアストに向けて指を突き付けた。


「おれがグランディール大神官の名において命じる! おまえは、今すぐ、出て行け!」

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