第119話・理想と現実、過去と今

 いや、そんなすごいことはしてないんだけどなあ。


 ぼくが考えて居ることを見抜いたのか、お父さんは困ったように笑った。


「うん、今のお前は自覚がないし、自覚しないほうがいいかもしれない。ただ、覚えておいたほうがいいかもしれない」


「何を?」


「お前のやりたいことはお前にしかできない。でも、それを成すには周りの人が必要」


「多分……分かってる、と思う。グランディールは、みんながいてこその町だってこと」


 この町を造るのはぼくのスキル。でも、町民がいなければグランディールはただのハリボテ。


「そうだね、既に町長としての責務をこなしているお前には当然のことかもしれない。でも、それを忘れた時がお前が終わる時だと思ったほうがいい、とお父さんは思う」


「うん。……うん」


 町を案内して、最後に会議堂に来た。


「ここが会議堂。最近はぼくが住んでる家みたいなものかな」


「はー……エアヴァクセンの会議堂より立派だ」


「そう言われると感激ですよ」


 向こうからドアが開いて、そこでシエルが笑っていた。


「シエル。来てたの?」


「おう、町長。そろそろ家具の注文時期が来るから、ちょっと本気でデザインを」


 そして視線を後ろに向ける。


「初めまして……じゃない気もしないではないですが、とりあえず。この町のデザイン担当のシエル・テークヌン。元はエアヴァクセンにいたから、何処かですれ違ってたかも知れませんね」


「ああ……覚えている。「空画」のシエルさん……ですよね」


 シエルは鼻の頭をポリポリと掻いている。


「確か、絵が描けなくなって追放されたとお伺いしていましたが」


「全くその通り。あの忌々しいミアストのおかげで空に絵も描けなくなったからって追い出されてね」


「しかしその後どうやってグランディールに辿り着いたのでしょう?」


 お母さんの素朴な疑問に、シエルはチラリと視線をぼくに送る。


「いいよ。嫌でもそのうちバレるし」


「? 何か?」


「オレはエアヴァクセンを追い出されてから盗賊の仲間入りをしてましてね」


 お父さんが目を剥いて、お母さんがくらりとして門に手をかけて何とか持ちこたえた。


「あ、やっぱきつかった?」


 シエルがぼくに視線を移す。


「大丈夫。ぼくと出会ってから足は洗ったんだし、何せこのグランディールにはある意味ぼく以上に必要な存在なんだから」


 ぼくは両親の方を向いた。


「いきなりランク付きの町の住民なんて呼べないのは分かるでしょ」


「分かる、分かるが」


「それに、盗賊団だった彼らとアナイナがいなかったら、町を造ってみようとか思わなかった。ぼくがみんなに会えたことは運が良かった」


「……盗賊団でも?」


「一応ただの盗賊団じゃなかったんだけど」


「ただの?」


「ああ。エアヴァクセンから追い出されたりした人間を集めて、反エアヴァクセンの盗賊団を作ってたんだ」


「聞いたことないけど……」


「十人程度の盗賊団が言うことなんか、SSランクの町がまともに取り合うわけない。と言うわけでオレ達は盗賊団AとかBの扱い、オレ達が消えても誰も気付かないような弱小盗賊団だった」


「で、その盗賊団と会ったおかげで、グランディールと言う町でみんなで笑顔で住もうって考えが出来たんだ」


「盗賊……盗賊」


「てかファヤンスを併合する前は、住人はほとんど盗賊だった」


「あなたは一体誰を……」


「だって、放浪者は大体一人か二人で本拠地もなく旅続けてるから、町民には加えにくいんだ。盗賊団だったら本拠もあるし人数いるし。盗賊団ってったって人を殺したりしてるような人は最初からはじいてるし」


「そうだな、まっとうに働きたくても金も食糧も手に入らないから奪うだけで」


「で、町を造って、町で暮らせる人を集めて、契約結んで、仕事してもらって、入れたい人を呼んでってな感じで人を集めてた」


「伝令鳥は?」


「鳥の町フォーゲルで買った」


「買った」


「うん。一応家具の町スピティの二大商会と契約結んで、特注家具作って売ってるから」


「スピティに? 家具を?」


「うん。で、ファヤンスを併合したからには宣伝鳥も欲しいなって話になって、その前に伝令鳥を買ってどんなものか様子見ようってなって、ぼく用に買った伝令鳥が、お父さんとお母さんの所に行かせたエキャル……エキャルラット」


「町長でも個人で伝令鳥を手に入れるのは大変だって言うのに……?」


 まあ、確かに値段は目ん玉飛び出るほど……ではなかったな、一度売れた鳥だから割引になってたし。それでも十分高かったけど。


「でも、それがまずかったな。ミアストは手紙を運んでいる途中のエキャルを見たんだろう。エキャルを直接捕まえて手紙を奪ったりするのは犯罪だけど、鳥の飛び出てきた窓を探すのは当たり前のことだ。それでお父さんやお母さんを困らせた。ゴメン」


「本当に、お前は」


 お父さんは息を吐いて、ぼくの両肩を掴んだ。


「半年も行方知れずだったお前たちの無事が知れて、困ることがあるか? 確かに町長ミアストに目をつけられて手紙を取られ、伝令鳥を子供に貸すような町がお前たちを受け入れていると知られて、お前を連れ戻そうとさせられたが、お前たちなら当然父さんたちの状況に勘付いてくれると思っていた。そのまま無視されてもいいと思ってたんだ。それを助けに来てもらってこんな素晴らしい町に来られて……感謝こそすれ、困ることがどこにある」


「そうよ、クレー。私たちはね、あなたたちが幸せならそれでいいと思ってたんだから」

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