第120話・陶器の値打ち

 その後会議堂で町の移住手続きを済ませた両親だけど、エアヴァクセンからはまだ外されていないことが判明。


 多分、ぼくに繋がる糸を切りたくないって言う町長ミアストの企みだろう。両親の書類を握りつぶせばいずれは何処かの町で伝令鳥を貸してもらえるほどには役立っている息子ぼくを手に入れようって思ってんな。


 でも、実はぼくは町長だってことを、ミアストはまだ知らない。知らないからこそのこんなみみっちぃ妨害をしたんだろう。


 町がすべて、と言うこの世界。


 でもサージュのように町を見捨てて放浪者になる人間もいる。珍しいけど皆無じゃなく、町から消えて数十年経っても元の町に戸籍が残っているパターンも多い。今回の両親も同じ。


 だから、ぼくは堂々と移住届を受け取った。


 放浪者が町民になるのは難しい。元の町のお墨付きのスキルがないってことだから。でも、元の町と合わなくて飛び出てきたいいスキルの放浪者は若い町が奪い合いをすることも。この場合町同士の争いを避ける為、最終的には放浪者の意思が尊重される。これが数少ない、町の意向ではなく個人の意向が優先される例。


 だから、放浪者になると言ってエアヴァクセンを出た両親がグランディールを選び、グランディールがそれを断らなければ移住は完了する。


 戸籍がグランディールの住民票に入れられた瞬間、エアヴァクセンの両親の戸籍は自然抹消される。


 今頃戸籍が消えたことを知ったミアストは怒り狂ってるだろうなあ。


 登録印と名前を書いた紙が消える。それは、両親がエアヴァクセンを見限ったことになる。


 こんな弱スキルの夫婦に見限られたSSランク。


 いい笑いものになるだろう。


 必死で探しに来るだろうけど、スキルの匂いも消した、「移動」で来たから手掛かりになるものはない。


 見つけられるもんなら見つけて見ろ、だ。



「で、家は別なのか?」


 既に両親は会議堂を出ていて、ぼくはまた書類の山と向かい合い。その手伝いをしてくれているサージュに当然のことを聞かれ、ぼくは頷いた。


「うん。家族で相談したけど、ぼくはもう成人してるし、アナイナももう半年。この町にいる限りは大丈夫だろうし、そもそもエアヴァクセンでも結局二人になる可能性が高かったから、二人でのんびり暮らすって」


「それもいいな」


 サージュには子供はいないけどファーレと言う奥さんがいる。老後に衣食住が確保されたこの町で穏やかに暮らしていけるのは憧れらしい。そしてそれには高レベルの町じゃないと実現できないから、どうしてもみんな高レベルの町に行きたがる。


 スピティの盗賊団が町に入った頃は、家族全員問題ない限り一生一緒に過ごせるって聞いて大興奮してたっけ。


「そう言えば、そろそろ陶器が売れるほどになってきたぞ」


 顔を上げ、思い出したように言うサージュ。


「普段使い用の茶碗や湯のみ、小鉢がそこそこの値で出荷できるほどには数が揃った。あとはデレカートに送ったような飾り皿の注文も取れる段階に入って来た」


 書類をどん、とぼくの前に置くアパル。そこには陶器の種類や数や大きさなんていう正直ぼくにはちんぷんかんぷんの内容。


「ファヤンスではどれくらいで売ってた?」


「うん、そこに基本価格が書いてあるけど」


 示された書類には結構な額の数字。


「高っ」


「ブランド化を目指していたらしい」


「普段使いでも?」


「ああ」


 アパルが箱の中からドン、ドンと出してきたのは見本の陶器の皿。普段使い用の地味なものだけど、がっしりしていて頑丈そうでそれでいて繊細さもある。


「希望があるならこれに絵付けしても良いって話だけど」


「ん~……普段使いのはお手頃価格に持ってきた方がいいんじゃないかな……」


「どうして?」


「いい陶器なんだよね」


「ああ。ファヤンス以上だ」


「じゃあ、多くの人に気に入ってもらえるってことだよね」


「? ……ああ」


「薄利多売……ってったっけ? 普段使いの陶器はそれ専門の職人がいて、普段使い用に工夫したヤツを大量生産をしているんだろ? なら、たくさん売ったほうがいいよね。ファヤンスと同じ値段で売ったら売れるだろうけど買える層が限られてくる。広くたくさん買ってもらえる方が結局のところ儲かるって話だよね」


「ブランド力としては落ちるか?」


「普段使いと芸術品を一緒にする必要はない……と思うんだけど」


 ぼくは腕を組んで考える。


「てか、あのファヤンス以上の陶器を普段使い出来る……っていうお得感? そしていつかはあのお高い陶器を見てみたいという憧れ? それを持っているという優越感?」


「なるほど」


 見本の小皿や茶わんを手に取ってみる。


 ちゃんとした重みを持っていて、持つと掌に収まる。


「でも安すぎると不安に思われるだろうから、普通に売ってる陶器の食器より、ほんの少しお高めに。今度スピティ辺りに場所を借りて、展示会みたいなのを開きたい。スピティの普通の町民も来れるようなのと、Bランク以上の町のトップ用の芸術品と」


「ああ、それはいい考えだ」


 そして、話は今度フォーゲルに行って宣伝鳥を買うことに移った。

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