第191話・乾季前
リジェネさんは、ぐい、と顔を上げた。
決意に満ちた目で。
「確かに、ポリーティアーは古い町、神殿からの依頼を受けて冒険者の支援をしていた町です。でも」
その目に悔しそうな光が宿る。
「今は荒野に踏み入る冒険者も神殿の支援もありません。町の存在理由すら危うく、このままでは町どころか、町を形作る町民の命が危ない。いえ……町長でさえ町と町民を残して去ってしまった。荒野に向かって行ったのであれば、私たちは町長を誇りとし、帰りを待ち続けたでしょう……が、町の子供が見たのです……町長……最後の長が……残った馬に乗って、東に駆け去って行った所を……!」
うわ。日没荒野を守る責任者みたいな人が真っ先に逃げてたよ。
「それを聞いて、それでも私は信じたかった。町を守るため、東の神殿に救いを求めようとしたのだと……。だけど、それだったら伝令鳥を飛ばせば済むこと。オルドナンツを神殿に飛ばせば、如何に見捨てられた町と言えど反応を返してくれるはず。なのに、伝令鳥は残り、代わりに町の印がなかったのです……! 町の存続を示す印が失われた、それはこの町が町と成り立たなくなったことを意味します……」
……悔しそうな、失望したような、残念そうな、とてもとても複雑な顔をしたリジェネさん。
「ですから、私も覚悟を決めました。もうこの町はダメだと。町長代理として残された私の仕事は町民だけでも生き延びさせて、せめてこの町に住んでいた者の血を後世に残すことだと。しかし、どの町もこんな辺境の印を失った町を手に入れようとはしないでしょう……ですから」
「噂に聞いたグランディールを頼った、と」
リジェネさんは大きく頷く。
「私はオルトに頼んであちこちの町に、我々を引き受けてくれないかと依頼の手紙を出しておりました。しかし、どの町も、私たちを招いてくれませんでした。ですが、その中の一通に、あったのです。グランディールと言う、ペテスタイにも似た空飛ぶ新しい町があると。新しいゆえに町民の少ないあそこならもしかしたら、と……」
新しい町が一番必要とするのは、町を構成する最小単位。つまり、町民。
町民を選り好みして受け入れが少ないと、伝説になり損ねた町のように町スキルを継承する人間が減り、町は消えていく。だからって大勢を入れようとして町民の出身地が偏ると、内部崩壊が始まり兼ねないという、一人一人は小さいけど五十人百人と集まれば大騒ぎになる単位だ。
そして、新しい町に行こうとする放浪者は結構多い。
外れ者の自分たちにも入り込める余地がある。上へと行ける可能性がある。
ならばと思う放浪者は、大陸中にいる。
中には新しい町の中に紛れ込んで、こっそり居ついている無許可町民もいるとか。
そう言うのが大勢集まると町の先行きが怪しくなる。だけど。
「やれというなら何でもします。ポリーティアーの町民は辛抱強いことは保証します。この渇き荒れ果てた大地から去れるのであれば、どんな辛い思いも覚悟しています。ですから……!」
そこで、何か乾燥したものが弾ける音がした。
「ん?」
被っていた町長の仮面を外さずにそちらを見る。
……いや待てなんで壁にひび。
しかもなんか見ている間に大きくなってない?
「危ないっ!」
ぼくがぼんやり思っている間に、キーパが走って机の向こう側にいるリジェネさんをこっち側に引き、ソルダートがぼくの襟首を引っ張って後ろにそらす。
次の瞬間、壁が崩れて十数人くらいの人間が部屋に雪崩れ込んできた。
「あなたたち!」
「す、すいません町長代理……」
「心配で……つい」
あー。覗いてた人たちが詰め寄り過ぎて、乾燥して脆くなってた壁を壊したんだな。柱が頑丈だったおかげで屋根まで崩れなくて本当に良かった。
「町長代理だけに辛い思いをさせません!」
「オレたちみんなで決めたことじゃないですか! 代理に責任をおっ被せる気はないですよ!」
その間にもあちこちの隙間から覗いていた目が壊れた壁側に来る。
「お願いしますっ、空飛ぶ町の町長!」
「せめて、子供たちだけでも!」
「若い者をこんな町に閉じ込めちゃいけない……!」
必死の
ぼくの視線に気づいたのか、リジェネさんは膝の上の拳を握りしめて教えてくれた。
「去年の乾季に、老人と赤ん坊は耐えきれませんでした……」
うわ。
「今年の雨季もため池は干上がったまま。来月からに迫った今年の乾季が来たら、恐らくポリーティアーは全滅します……。」
……なるほど、急ぐわけだ。
「……他の町は?」
ポリーティアーの近くには似たような役割を持った町が三・四町ほどまだ生き残っているとサージュ情報。
「似たり寄ったりでしょう。雨が降らなくなってからまだそんなにひどくならないうちに逃げた家族や町も多いそうです」
「町長」
アパルが声をかけてくる。
「宣伝鳥の準備は?」
「サージュが整えているはずです」
よし、OKですよ。
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