第192話・感謝

「クレー町長様?」


「様はいりません」


 町長に様までつけられると、町長の仮面をつけていてもこそばゆい……ってか喜ぶのはミアストくらいじゃなかろうか。


 ありがたがられているのは間違いないんだろうけど。


「失礼しました……他の町、とは、もしや」


「神殿に連絡を入れたところ、最早神殿は日没荒野は危険地帯とし、踏み込むかどうかは当人の判断に任せるとのことでした。ペテスタイが向かってから早三百年、誰も何も戻ってこないということは、危険地帯でしかない。そして死出の巡礼の旅に出る者もここ百年現れていない」


 死出の巡礼の旅とは、日没荒野に大神殿を求めて踏み入ること、だと、アパルに教わった。


 精霊神の加護を祈った者も大神殿を見つけてそこにあるという秘宝を手に入れようとした冒険者も人が暮らせる町として完全装備で乗り込んだペテスタイの町も、誰一人として帰って来てないから、だって。


「よって、神殿は日没荒野に向かう人を奨励しょうれいすることは出来ず、本人の意向によってのみ決めるものだと判断、祈りの町を援助し続けることは出来ないと」


「…………!」


 捨てると決めた町でも、無用と言われれば辛いだろう。リジェネさんは俯く。


 ちなみに祈りの町とは聖地の近くにあって、聖地を訪れる旅人の準備などを整える町のこと。ポリーティアーもそう。だから神殿の援助を受けていたけど、もう日没荒野は聖地ではないということだ。


「よって、グランディールに神殿からの依頼がありました。日没荒野の祈りの町から、住民にその旨伝えるようにと。援助がなくても住むというのであれば神殿はこれ以上口出しはしない……だが、出たいというのであれば、スキルに合わせて町を紹介する」


 リジェネさんに、ぼくがここに来る前にエキャルを飛ばしてもらって来た手紙を渡す。


 精霊神の神殿を表す二重クロスの紋章を使えるのは、Sランク以上の町にある神殿だけ。ぼくらはフォーゲルの神殿にこの一件を知らせて、町民の救出を頼まれた。もちろん町は出るけど知らない町に行くのは嫌だと言われたらグランディールで引き受けても構わないとのお墨付きで。


「よって、今から宣伝鳥を飛ばして、この付近一帯の町にこの件を伝えます。もちろんポリーティアーもです。神殿の紹介する町に行くというのであれば、神殿の町までお送りしますし、グランディールに移住するというのであればいつでも契約書を交わします」


「! ……ありがとうございます……!」


 リジェネさんが深々と頭を下げた。


 町民たちも、泣きながら頭を下げたり床に手を突いたりして感謝の意を示している。


「集まる場所はポリーティアーに指定しましたが、それで問題は」


「ありません! ポリーティアーだけでなく。周囲の町全部を心配してくださって、手を尽くしてくださっていたなんて……! こんなにありがたいことはありません!」


 リジェネさんの目からも涙がぼったぼった。


 そんな所にエキャルが壊れた壁から飛び込んできた。


「エキャル」


 エキャルが飛んできたということは、グランディールの準備が出来たということ。


「食事の準備が出来ました。あと、ケガや病気の方用の薬草も準備してあります。必要な方は申し出てください」


 皆さんの目からまた涙がぼったぼった。



 渇きだけでなく栄養状態も最悪の状態なポリーティアー住民に、下降門から降りてきたグランディール町民が、日陰で炊き出しのようなことをしている。


 熱いと食べられないけど冷たいと胃に悪いと、適度に温かく柔らかく栄養のある食事を大量に用意した。ここら辺にいるはずの住民が五日くらい食べられる量を用意してきている。町民のは? 大丈夫、畑班と食肉班がいつも通り頑張っているから、どれだけ増えても大丈夫。


 牛乳に浸した白パンを、一気に胃に入れようとする皆さんを必死で止めながら、子供たちに薬草を飲ませたりしている。空腹に食べ物を一気に食べるとエライことになるからね。気持ちは分かるがなくならないからゆっくり食べて。


 少しして、皆さん満足げな顔。


「ああ……久しぶりに食えた」


「腹……いっぱいだ……」


 と言っても、予想より量は食べられていない。何故か? 飢えで胃袋が縮んだから。


 グランディールはポリーティアーに日が当たらないよう地味に動き、直射日光……特に夕日……から守ってくれるのはありがたいと皆さんまたも大感謝。


 ぼくは相談役をアパルに任せて、一旦グランディールに帰る。


 グランディールに上昇した途端、涼しい。涼しい。涼しい!


 強烈な西日からも町を守ってくれる、何て優秀な水路天井。


 西の空が真っ赤に染まって、町民が眩しそうにしながら色々動いている。


「お兄ちゃん!」


 体の具合が悪かったのでしばらく会っていなかったアナイナが、ぼくを見つけて駆け寄ってきた。


「良かった、やっと会えた!」


 笑顔の次に頬を膨らませる。


「もう、もうすぐわたし成人なのに、忘れてるでしょ!」


 ……すいません忘れてました。

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