第350話・町長は苦労職
「町長の仕事って、一体どんなものか、君は分かってたかい?」
もう影になってしまっている頭に、ぼくは話し続ける。
「それはね、町民を裏切らないことだ」
もう聞いているかどうかは分からないけど、これだけは言っておかないと。
「君からぼくがどう見えているかは分からない。でも、偉そうにして幸せだと思うなら大間違いだ。偉そうなのは表向きだけ。何か言い間違いはないか、誰かを傷付けてないか、誰のメンツも潰してないか、口を開くたび警戒して言葉を選び、そしてそんなことを考えてもいませんよという笑顔で話を続けるんだ。自然な会話が途切れないように気を使いながらね。それがどんなに神経すり減らして疲れて胃が痛くなることか、君には分かる?」
足の間の影がフルフルと揺れた。多分……首を横に振ったんだろう。
「町長は町の顔で、そして下働き。外に対しては町の代表として立ち、内に対しては情報集めて何をすれば町民の為になるかを考え町の現状とか他の町の様子とかを調べて少しでもいい結果を出さなければならない。それを、君は、一人で出来る?」
またフルフル。
はあ、とぼくは息を吐いた。
「君も大騒ぎしすぎて疲れたし、こっちもこっちで疲れた。お互い休息が必要だね」
多分このままお説教を続けてもスピーア君の頭には入っていかないと思うし、ぼくもかなり疲れた。お説教ってパワーがいるのよ、これで。
「スピーア君を家に連れて帰って」
「それはまずいんじゃ」
アパルが言うけど、分かってる、とぼくは掌をアパルに向ける。
「君が入ったら、君の家の出入り口を全て塞ぐ。もちろん、逃げられないよ? 天井も下水も全部人間が出入りできないようにするからね」
ふらり、と動く影。
「明日、君の処遇を考える。君は、自分にどんな処遇が下ったらグランディールやスピティの人間が納得するかと、考えてみるんだね。聖女を奪われかけたグランディール、聖女誘拐の罪を背負わされそうになったスピティの、両方の気持ちをね」
そうしてぼくはぱん、と手を叩く。
「はい、じゃあスピーア君連れてって」
ティーアと部屋にいた男の一人(さすがにグランディールの人間を全員覚えきれる人数じゃなくなったんで)がスピーア君を抱えて出て行く。
ガチャリ、とドアが閉まり、ぼくはほぼ同時に机に突っ伏した。
「…………」
「疲れたろう」
サージュが温いお茶を淹れてくれた。
ぼくはカップに入ったお茶を受け取って、一息に飲み干してまた突っ伏す。
ぐったり、げっそり、げんなり。
精霊神の相手するより疲れたかも知んない。
ぼくも成人してようやく一年経った、大人の初心者でしかない。町長とは言え、偉そうな顔をして威張れるほど素晴らしいことをやってるわけじゃない。それでも町長だから、悪いことした町民に説教して反省させるのは重要な仕事なのである。
だけど、この仕事が一番ダメだな、僕。
アナイナの説教なら小さい頃からぼくや両親の仕事だったから、もう慣れたもんだけど、相手はアナイナじゃなくてグランディールに移転してきて罪を犯した者。
偉そうなことは言わなきゃいけないし、甘い顔を見せられないし。町長が思い込みだけでやれるほど簡単な仕事じゃないって理解させなきゃいけないし、やったことが「おきて」に関わるどころかあとちょっとで天罰レベルのことだったと告げなきゃいけないし。
「エキャル~」
くたびれた声でエキャルを呼ぶと、それまで黙って仮眠用カーテンのレールに無理やり止まって大人しくしてたエキャルが飛んできた。
もしゃくしゃもしゃくしゃ。
「あ~落ち着く~」
もちろん羽毛玉だらけにならないように、手加減はしてますよ。
エキャルの頭を撫でふわふわ胸毛を撫でつやつや飾り羽を撫でて、やっと落ち着く。
もちろんティーアがくれた羽毛袋もありますよ。でもやっぱり生がいい。
くりくり、と頭を撫でると、エキャルがもっと撫でろと頭を押し付けてくる。
くりくりくりくりとなでてやると、ご機嫌になるエキャル。
ああ、いいなあ。
エキャルがいて、本当に良かった。
もちろん手紙配達とか聖地脱出とかに役立ってくれているのもあるけど、こう、無条件で落ち着かせてくれる相手って言うのは、必要だよなあ。
エキャルがいなかったら早々に潰れてたな。
「町長」
「んー?」
「スピーアのこと、どうするんだ?」
サージュに問われ、ぼくはんーと唸った。
「正直、対応を決めかねている」
「だろうな」
うん。立派な「おきて」違反をやらかしかけてたんだから、グランディールから追放しても全然問題はないんだけど。
ただ、それを言うならアナイナにも何らかの処分は下さないといけないのであって。
でも、聖女を「おきて」違反で処分するって言うのは古今なかったことで、しかもその「おきて」、町を勝手に出てはいけないというのは「おきて」ではなく「掟」、人間が町をまとめるために必要な事項を勝手に「まちのおきて」の中に後付けで組み込んでそれが流通したものなので、厳しい罰則は加えにくいというのもある。
「町を勝手に出てはいけない」は、それこそ勝手に町の外に出ることによって危ない目に遭い、時には死ぬことで充分違反の罰則は出ている。
しかしアナイナはこの掟については前科者……追放されたぼくを追ってエアヴァクセンを成人になる前に出たことがあるので、これはちょっと厳しくしなければならない、かもしれない。
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