第349話・みんなで創った町
そろそろ下ろしてやるか、ということになって、何人かが出て行った。
……。
…………。
………………。
来ない。
どうした? まさか落ちたとか?
そわそわしながら待って、結構な時間が経ってから男たちに囲まれて入って来たスピーア君。
目は真っ赤。顔色真っ白。足はよろよろでまともに歩ける状態じゃないのを男たちに支えられている。
「遅かったね」
「なんせ湯処放り込んで来たから」
「は? 湯処? 何で?」
きょとんとするぼくに、ティーアが溜息交じりに説明してくれる。
「漏らしたんだよ」
……。
…………。
………………。
「みんな見てた?」
「見てたとも。それが見物の山場だったな」
あ~……。
まあ、少し頭を冷やして現状確認すれば町で一番高い場所、尖塔に服が引っ掛かっていつ落ちるか分からない、と来たもんだ。そりゃあ漏らしもするだろう。
「で、湯処引きずってって身体洗って服着替えさせてやっと連れてこれたってわけだ」
「お疲れ様」
苦笑してみんなを労うと、ぼくはスピーア君に視線を移した。
「自分が何をやらかしたのか、自覚は?」
「……はい」
しゅん、と肩を落とし、枯れた声で答えるスピーア君。叫びまくってたからね。
ぼくの対面に座らせ、水差しからカップに水を注いで渡す。
スピーア君、カップを受け取り、一口飲んで。
「う……ううう……」
俯いて、
「スピティから手紙が来た」
ぼくはアパルから渡された封筒入りの手紙をひらひらとさせる。
「スピティは君とはもう無関係だってさ」
「ううー……っ!」
コップを額に押し頂いたポーズで掠れ声をあげるスピーア君。
「スピティが庇ってくれると、ちょっとでも期待した?」
小刻みに首が縦に揺れる。
「命令されてないのに勝手に聖女を誘拐しようとした「見学人」を、庇う町があると思った?」
かくん、とスピーア君の首が垂れる。
「多分、この町を出ても、君を受け入れてくれる町はないと思うよ? グランディールとしては君を町の人間として出すことは出来ないから放浪者としてになるだろうけど、放浪者を理由を聞かずに入れる町はない。「鑑定」が必ずかけられる。そうすれば君がグランディールの聖女を連れ出そうとした事実は簡単に割れる。重要人物をさらおうとした過去を持つ人間を受け入れる町はない」
おお、今度は背後に暗い影が出た。
「で、君はどうしたい」
スピーア君が顔をあげた。真っ赤に腫れた目が見開かれている。
「町長」
サージュが
「一応、希望だけは聞いておく。……でも、聞くだけであってどんなお願いでも聞いてもらえるとは思わないでね」
スピーア君の視線が上下左右に揺れて。
また俯いた。
「浮かびません……」
絞り出すような声。
「何も、浮かびません……」
「だろうね」
ぼくは溜息交じりに頷く。
「後先考えないとはこういうことだ」
スピーア君の頭が、自分の両足の間にまで埋め込まれる。
「……ぼくに言わせれば、君の野望は成功する可能性がまるでないものだった。聖女を連れ出すところまでは成功しても、その後は? 他の町から許しなく連れてきた聖女を受け入れる町があるとでも? スピティだってグランディールと事を構えてでも聖女が欲しいということはないだろう。君は……そこまで考えて実行に移したのかい? ねえ……スピーア君?」
「…………」
しばらく、重い沈黙が続いて。
「……何も、考えてませんでした……」
頭を両足の間に突っ込んだまま答えるスピーア君。
「聖女を連れてきたご褒美に、町長になれると思っていました……」
「聖女はそんな軽々しく受け入れられる物じゃないし、町長の座もそんな簡単に譲渡されるものじゃない」
淡々と告げる。
「一つ上のぼくが町長になったから、Sランクの町を創った町長になったから、自分もあわよくば町長になれるかも、と思った?」
足の間で首が縦に振れるのを見る。
「まあ、ねえ……。確かにぼくが町長になれたのは、スキルのお陰だ」
本当は違うけど、表向きだけでもそう見せておかないと困る。
「でもね、決して一人で創ったわけじゃないよ?」
ぴくり、とスピーア君の頭が反応した。
「町の形だけなら、ぼく一人で充分創れただろうね。だけど、町の売りである水路天井、家具、陶器、湯処、時計塔、
動かない頭に、ぼくは告げた。
「みんなだ」
もう一度頭が反応する。
「グランディールに住むことを選んでくれたみんなが考えて、この町に必要だって考えたものをぼくがスキルで創った。つまり、みんなの頭がなければ、ぼくが創れたのはエアヴァクセンもどきの何の特徴もない、面白みもない町だった」
「…………」
「君はどんな町を創りたかったんだい? ……多分、考えてもいなかったんだろう。君が夢見たのは、ぼくの面の皮。町長という立場だけ。ぼくがどんな考えを持って、どんな話を聞いて、どんな町を創りたいかとどんなに努力して実現させたかを、君は気にも留めなかったんだろうね」
頭が深く深く沈み込んでいく。
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