第351話・悩む町長

 う~むむむ……。


 う~ん……。


 どうしよう……。


 ぼく、クレー・マークンは、今、自室のベッドの上で、アナイナとスピーア君の処分を考えて、唸っています。


 二人とも、グランディールの町民に間違いないし、罰を与えなきゃいけないのも分かってる。


 分かってるんだけど、ねえ。


 頭を抱えてしまう。


 二人とも、やってることが幼いのだ。見事なまでに子供じみている。


 正直、「成人」のやることじゃあないんだよなあ。


 多分、当人も「成人」と呼ばれて喜ぶくらいで、まだ自分の置かれた立場や役割を分かっていない。


 特にアナイナ! 困るほどに「聖女」の自覚がなさすぎる!


 とは言え聖女を「罰」すると色々ややこしいことになるんだよなあ。精霊神に認められ、精霊神の教えを守るのが聖女だから。


 まあ……アナイナにとっての神は精霊神からぼくに入れ替わっているけど、そんなことバラしたら大陸が大混乱になる。


 アナイナは精霊神の聖女と言うことで押し通したい。


 となると精霊神からの神罰がない限り、アナイナに厳しい罰を下すわけにはいかないし。


 で、ここまで来ると分かると思うんだけど、聖女を誘拐しようとしたスピーア君に神罰が下っていないのはもっとおかしいのだ。


 聖女が納得していて、他の町に辿り着いたわけでもなくて、それでもまだ赦されるはずのない罪……なのに神罰が下らないんだから……。


 ええい、僕に代わりに下せと言うのか精霊神あの野郎はっ!


 そりゃあぼくも罰を下せるよ、下せますよ? なんせ精霊神の一割ですから。


 でもね。


 どんな罰を下せばいいのかさっぱり分からないんだよぉ!


 泣きたいよ実際。


 町が下す前に、僕が先手を打って神罰を下す。それが全て丸く収める一番手っ取り早い手段なのだ。


 しかし、どのレベルの罰が下れば本人周囲他町全部が納得するのか。それがさっぱり分からない。


 別にスピーア君を憐れんでるわけじゃないんですよ? むしろ怒ってる。聖女……じゃなくても大事な妹を自分の思い込みに等しい出世欲で連れ去ろうとしたスピーア君を、ぼくは到底許す気にはなれないわけですよ。


 怒りのままに罰を下すと、……うん、粉々に粉砕しちゃうな。


 何を粉々にって? 御想像にお任せします。


 ただ、この一件、精霊神が出張ってくる可能性が大。


 何故かと言うと、一応精霊神とは「必要最低限を越えてグランディールと関わるな」という約束を交わしている。だけど、この事態が「必要最低限」に引っ掛かる可能性もあるのだ。


 聖女誘拐未遂。例えアナイナが自分の信仰下から離れたとは言え、これは精霊神が罰を下すべき事案。


 精霊神が気付いているかどうかは分からないけれど、これは結果如何によっては、大陸の精霊神信仰に大きく影響してくるかもしれないことなのだ。


 罪人に罰を与えない……それは裁く者の手抜きだから。


 だから、このまま二人をほっといて「精霊神はどうしたんだ」という疑問を大陸に広める、という手も、ないではない。


 ただなあ……それをやると大陸がえらいこっちゃになるから避けたいなあ……。


 精霊神の否定は今まで大陸を争いから守ってきた「まちのおきて」の否定でもある。「まちのおきて」を破っても罰が与えられないというのは、ミアストのような野望持つ町長が町民を戦力に変えて他の町を襲うことになるかも知れないと言うことになる。襲われた町は防衛する。そして復讐する。


 その結果、「くに」のように「まち」が滅びる未来が見えてくる。


 ぼくは精霊神は気に食わない。だけど町を抑えるために作った「まちのおきて」を否定する存在じゃない。あのおきてあってこそ「まち」の時代が今まで続いてきたんだ。


 つまり、ここは精霊神あるいは精霊神に準じる者の罰が絶対に必要なのであって。


 しかしぼくはどんな罰を下せばいいかさっぱりわかんない、というのが実情である。


「くっそ、あの野郎、拗ねて大陸滅ぼしてやろうだなんて思ってないだろうな!」


(思っていない)


 うおう!


 唐突に帰ってきた返答。


 気付かなかったのは……僕の力が弱く、未熟だから。


 だとしても。


 ぼくに気付かれずにここまで接近できるのは、ぼくの九割、精霊神だからこそ。


 枕に伏せていた顔をあげてみれば、金色の炎がゆらゆらと揺れていた。


「精霊神……」


(この事件は君と交わした約束……「必要最低限」を超えているとみたが、どうだ)


「どうだも何も、お前が何とかすべき事態だろうが」


(君の怒りを買いたくはない)


 相当噛まれたことが頭に残っているらしい。聞こえる意思に微かに怯えの色が見える。


「理不尽なことをしなければぼくだって怒りやしない。前の一件はぼくが邪魔だからと肉体奪って聖地にすっ飛ばして自分は素知らぬ顔でぼくの大事な町の方向性を変えようとしたから怒ったんだ」


 ムスッとして言ってやると、金色の炎は微かに揺れた。


(スピーア・シュピオナージュの罰は私が引き受けても良いか)


「アナイナは?」


(彼女は既に私の聖女ではない)


 言うと思った。

 

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