第352話・罰とそれを与える人

 まあ、今の精霊神にとってアナイナは、自分の下から離れたので使い道もなくぼくの信者であるため手出しも出来ない、よって無視するしかない存在なんだろう。


 しかし大陸においてはたった三人しかいない聖職者の一人なので、放置しておくわけにもいかない。


 分かっててアナイナを放置してるんじゃないかと疑りたくもなる。


「信者の尻拭いは神がやれ、とか?」


 黄金の炎はこっちから意識を反らした。おい、それが人間でいう気まずくてそっぽを向いたってことはぼくには分かるんだぞ! こっち向けやこらぁ!


(……私が罰を加えてもアナイナ・マークンは罰と受け止めないだろう)


 こっち向けオーラをガンガンに放っていると、精霊神は観念したらしくこっちに意識を向けた。


(罰とは、罪や過ちに対する懲らしめだ)


 渋々、本当に渋々と言う感じで精霊神は答えた。


(私がアナイナ・マークンに罰を下しても、私を信仰していない、大切にも思っていない彼女は何も反省しないだろう。痛い目に遭った、というだけで、二度としないと誓いはしないだろう。罰を下すのは彼女が大事に思っている存在でないといけない。大事に思っている相手が本気で怒るから、本気で反省する)


 ……なるほど。言っていることは正しい。


(表向きは私が罰したと言うことでも構わないだろうが、彼女を本気で反省させるならば、実際には君が罰を下さなければならないだろう)


 ……確かにな。


 アナイナは子供の頃から両親や他の大人に叱られてもその場で泣いてあとはケロッとしていることが多かった。


 ぼくがブチ切れて本気で怒った時だけ、アナイナは何度も何度も謝った。キレたぼくが部屋に閉じこもって顔を出さないと、ドアを叩きながら何度も何度も謝って、それでも顔を出さないと、ドアの前で布に包まって、ぼくが顔を出すまでそこで待っていた。そしてやっと頭が冷えてドアを開けたぼくに、何度も何度も繰り返し謝って、そしてようやく許してやるともう怒られたことは二度とやらなくなった。


 そうか、アナイナがエアヴァクセンから出て来た時、その後が嵐の展開でアナイナが勝手に町を出たことを本気で怒ってなかった。だから今回も大丈夫、と勝手に思って、実行に移してしまったんだろう。


 とすると、表向きは精霊神の神罰と見せかけて、ぼくが本気で怒ってこういうことをしたのだとアナイナに押し通さなければ、アナイナは反省しない。


 ふぅむ……。


「一つ聞く」


(……何だ)


「スピーア君の罰はどうするつもりなんだ?」


(しばしの間、動きを止める)


 動きを止める?


(止め、固め、かつてない愚か者の像として、意識あるまま、さらす)


「石にするって意味?」


(具体的に言えば)


 ぼくは何も言わなかった。


 意識あるまま石像にされる。人間にとってこれほど辛いことはない。しかも精霊神の怒りを買った愚か者として嘲笑ちょうしょうと恐怖の視線を受けるのだ。


 なるほどね。精霊神の怒りっぷりがよくわかる。


 そして同じことを繰り返すまいと誰もが思うだろう。


 となると、アナイナは……。


 ふむ。


(それで良いのか?)


 ぼくの考えたことを読んだんだろう。精霊神が念を押してくる。


(ならば、そのように)


「ちょっと待て」


 ぼくは消えようとした精霊神を呼び止めた。


「期限。期限を決めろ」


(スピーア・シュピオナージュの反省した時)


 ……まあそれが正しいんだろうけどさ。


「最長どれくらいか。それによってアナイナも決まってくるんだから」


(……年の半分。それで良いか)


 半年か。


 ぼくは首を竦めて同意した。


 ぼくに痛い目に遭わされた部屋に長居したくなかったんだろう、精霊神はスッと姿を消した。



 さて、精霊神の力は出来れば使いたくないけど、この場合こうするしかない。


 目を閉じ、絆の糸を探る。


 アナイナは……寝ている。


(アナイナ)


 アナイナの声を聞かず、一方的に通達する。


(スピーア君は精霊神の罰を受けた。そして、お前にもぼくが罰を与える)


 アナイナが何か反応しようとするのも無視して、ぼくは告げた。


(お前が心底反省するまで、お前はその部屋から出られない。お前に与えた自由を勘違いした罰として、お前から自由を奪う)


 何か言おうとするアナイナを無視して、続ける。


(食事も排泄はいせつの必要もない。ただお前は自分のやったことを反省しろ。それまでぼくもお前に意識は向けない。以上)


 悲鳴のような揺らぎを無視して、ぼくはアナイナを囲む部屋に力を送って、そしてまたベッドに倒れた。



     ◇     ◇     ◇



 そのまま寝落ちしてしまったらしい。


 気が付いたら朝だった。


 ここ数日、これ以上ない程頭を使ったもんなあ。疲れてたな、ぼく。


 目をこすって、顔を洗おうと部屋を出て、会議堂の横の水汲み場に行こうとして。


 昨日を上回る人垣。


 それが会議堂の前に出来ている。


 何となく予想はついたけど、とりあえず顔を洗って手櫛てぐしで髪をでつけながら人垣に聞く。


「どうしたの?」


「どうしたもこうしたも……って町長」


 振り向いた人垣の一人が驚く。


「そう町長。で、何があったの? ぼく起きたばかりで状況が分からないんだ」


「前に行ったほうが分かるよ。ほれ通せ、町長だ」


 町民が隙間を空けてくれて、前に出る。


 予想通り。


 石像と化したスピーア君が、広場の中央あたりに立っている。


 恐怖の表情を浮かべ、顔を庇い、仰け反って逃げ出そうとしている、微妙なバランスの像。


 精霊神が現れて罰を与えることを告げて石にしたんだろう。


 そして、意思はある。


 助けてくれ、助けてくれと叫ぶ声は、しかし冷たく固まった喉からは零れもしない。


 まあ……。


 ぼくに粉砕されなかっただけ、マシだと思え。

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