第460話・ベリータルトを作ってみよう

 極秘会議という名のおもてなし打ち合わせなどをしながら日が過ぎて。


 今日はいよいよ、おもてなし甘味を作ってもらう日だ。


 関係者……つまりぼくとティーアとスヴァーラ、聖職者三人組が、少し前からそわそわしてる。


 どんなケーキなのか、ということで。


 ベリータルト自体は、そんなに珍しい甘味じゃあない。ある程度以上の町であれば材料は調達できる。


 ただやはり、シンプルなものほど、差が露骨に表に出てしまうのである。


 ショートケーキなんて見た目から単純そうだけど、カノム町長の言ったように、それぞれにきめ細かく重要で力のいる作業があるし、それを一つにまとめてパッと出して「あ、美味しそう!」と思ってもらえなければ負けなのである。そして口に入れられても、材料の質と職人の腕が丸見えになる。ふんわりスポンジになめらかクリーム、そして甘い中にも酸味を持った苺。これが高いレベルで組み合わされないと、美味しいショートケーキは出来ないとメンサ先生も言っていた。一度ショートケーキを食べたことがあるからぼくは何となく理解できるし、お供え物として最上級であろうショートケーキを味わったフォンセはもっと味の差を感じるだろう。だから苺はスラートキーの特上を持ってきてもらうことにして、残る材料……小麦粉、卵、ラード、砂糖、塩、クリームは、グランディールで手に入れられる最上級を用意した。メンサ先生は一度試し焼きをして、これならカノム町長御手製のものと近いレベルまで持って行けると保証してくれた。ついでにこっそりぼくもいただいた。甘くて美味しかった。本番はもっと美味しいという。食べてみたいがそれはフォンセの……。


 ベリータルトはベリーと材料は揃っている。で、今日は作る日。おもてなし用のケーキと言っているけど、精霊神に捧げるケーキ、なのである。迂闊なものは……メンサ先生が許さないだろうけど、心配になってしょうがない。


 三聖職者どころか、甘い物にはあまり興味のないティーアですら、作るところを見たいと言ったほど。


 分かる。気持ちはよーくわかる! でもね、町長見学ならともかく聖職者見学とか鳥飼見学とかはおかしいでしょ! 裏に何かあると思われたら厄介でしょ!


 と直前秘密会議で揉めた末、ぼくとスヴァーラの二人がおもてなし用のケーキ作りを見学、と言うことになった。



     ◇     ◇     ◇



「はい。これから、ベリータルトを作ります。レシピは昨日教えましたね?」


 はい、と老若男女様々な声が答える。


「質問があれば随時受け付けます。いつもの組で始めてください」


 十五人の教室。一組三人で、タルトを二個ずつ作るようだ。


 目立つのは第三組だな。


 クイネとドゥルセがいるからなあ。


 町一番の料理人と最年少の女の子がやってたら、目立つよなあ。


「いつもレシピ通りに?」


 小声で聞くと、メンサ先生は笑って応えてくれた。


「まさか。レシピを渡してそのまま作るのであればただのコピーです。班で話し合い、基本的なレシピからオリジナリティを加えていくのです。それを二つ、作ります」


「なるほど。自分で味を想像して作れるようにならないといけないと言うことだね?」


「町長、全部同じ味じゃなくていいのですか?」


「うん、それは全然構わない」


 スヴァーラさんの低い声の問いに、低い声で返す。


「同じ味がぞろぞろあったって面白くない、色々なものがあれば彼女だって喜ぶ……と思うんだ」


 なるほど、と頷くスヴァーラ。


 同じものを作ってるとは思えないほどバラバラな動きをする五組。


「ドゥルセ、そっちは任せた。クオーコ、クリームは」


「はいっ」


「了解」


 クイネの声と高い女の子の声にどうしてもそちらに目が行く。


 クイネが小麦粉とラードをボウルに入れている。男……彼も面談したな、クオーコ・コクウスがボウルを抱えて、竹で作られた撹拌機でひたすら牛乳とクリームと卵黄をかき混ぜている。で、ドゥルセが真剣な顔で大量の色とりどりのベリーを選んでいる。


「ベリーで色とりどりのタルトを作るつもりなんでしょう。赤ワインも用意していますし。ドゥルセは甘味だけでなく、美味しく飾る才能に恵まれています。甘味には見た目の美味しさもありますから、それは素晴らしい才能です」


「へえ」


 ドゥルセがベリーの選抜を終えると、水で綺麗に綺麗にベリーを傷付けないように洗っている。あれ? あの高さは届かないはず、と思ったら、恐らく彼女専用の踏み台があって、その上に立っていました。


 クオーコはひたすらカシャカシャとボールに入れたクリームを掻き混ぜ続けている。


 クイネは粗挽き小麦粉とラードを混ぜた後、蜂蜜と卵を加えて更に混ぜている。


「ここからしばらくは私の出番はありませんね」


 甘味教室は基本のレシピを教え、組の人間で話し合って、オリジナリティを加え、それを実践するという段階を踏んでいる。先生の出番は生徒がどうにもならなくなった時だけ。


 先生はぼくら二人を連れて、奥の石釜のある部屋へ連れて行ってくれた。

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