第461話・ケーキとタルト

「こちらが、ショートケーキの土台となるスポンジ、それを冷やしておいたものです」


 黄色くて細かい気泡がたくさん空いたふわふわ。


 スピティで食べたことがある。これは甘くてふわふわだ。これに生クリームは合わさるとねっとりふわふわになる。苺を乗せてトドメ。


「綺麗ですね。それに、いい香り……」


 スヴァーラが目を丸くして見ている。そうだね、この町でショートケーキを食べたことがあるのはぼくくらいだよね。それもお招きの御馳走だったから。


「これに、この冷器で冷やした生クリームを塗ります」


 冷器とは、要は「冷たさを保つ」器だったり部屋だったりするものだ。「冷やす」系のスキルの持ち主でないと作れず、スラートキーには恐らく冷器がたくさんあるんだろう。グランディールではシートスの「食品保存」があるけれど、冷やさなければならない場合があると言われたので、該当者はいなかったから、町スキルで冷器の部屋を会議堂やクイネの食堂などに設置しました。ありがとう万能の町スキル。でもこれに頼り切ったらいけないので色々頑張ります。


 ぼくが冷器に思いを馳せている間にも、メンサ先生はのこぎりにも似たケーキ切り用の包丁で、丸太でも切るように、横に半分に切る。同じ形のものが二つできる。そこに小手のような金属製の道具で生クリームをすくっては断面に塗り付け、赤い果実……苺だ……を全面的に置き、また生クリームで上塗りし、もう半分の断面にも生クリームを塗って元通りに戻す。


「赤、白、黄色、ですか」


「ええ。ベリータルトは色とりどりですが、ショートケーキはこの三色だけで勝負です」


 真ん中に苺を挟んだスポンジを台の上に置き、くるくる回しながら上面や側面に生クリームを隙間も凹凸もつけずに塗っていく。


 白一色。


「白いですね」


「白いですよ。これを切れば断面が見えますけど、その前に」


 メンサ先生、上部の白平原を指した。


「寂しいと思いません?」


「寂しいですね」


「ので、こうします」


 大粒苺を八か所に置く。


 そして。


「これは?」


「生クリームを絞り出すものです。この上部の布に生クリームを入れ、この口金で形をつけて搾りだします」


 口金の先はギザギザの星のような穴になっている。


 それで、置かれた苺の周りにうにょっと生クリームを搾りだす。


「おお……」


「お花が」


 苺の周りに、白いバラの花が咲いた。


「すごい!」


 スヴァーラの目が丸い。


 ぼくもびっくり。生クリームってこんな形出来たのか?


「これは、生クリームの固ささえ間違えなければ、そんな難しいことではありません」


「そうなの?」


「ええ。余程の不器用でない限り何度か練習すればアレンジも出来るようになりますよ」


「はー……」


「口金はスラートキーの方で発売しておりますので、よろしければそちらの方でご購入を」


「口金を使うところまで行ったなら人数分購入させてもらいます」


「ありがとうございます」


 深々と一礼し合って、上部やサイドに生クリームの飾りを施されたショートケーキが出来上がった。


「あらあ」


「すげ」


「良い材料を用意していただけましたから、最高のものをご用意できたかと思います」


 白と赤しか見えないのに華やかな表面。


「これを八等分するんですよね」


「ええ。そうするとスポンジの黄が映えます」


 ですが、とメンサ先生はケーキを冷器の中に戻した。


「切り分けるのは直前がよろしいかと」


 メンサ先生はチラッとぼくの方を見る。


「切り分けるコツは覚えましたか?」


「お湯でケーキナイフを温めて、苺が外周の真ん中に来るように気を付ける」


 うん。この間メンサ先生がショートケーキの試しを作った時、切り分けるのはぼくになりそうだからと切り方も特訓された。やわらかいスポンジを潰さないように、生クリームを歪ませないように切るやり方だ。


「切り分ける時は、精霊神への感謝の言葉を述べながら、ですね」


 うん、それ、困ってる。


 甘い物をみんなで分ける時は、一番位の高い者が切り分ける。今回のようなおもてなしの時は、呼んだ人間が。だからぼくがショートケーキとベリータルトを切り分けるのは決定事項。それはいい。いいんだけど。


 精霊神への感謝の言葉はどうしよう。


 精霊神に渡すものに敵対する同じ力の持ち主の感謝の言葉って何なんだ。何も言わずに切ろうとも思ったけど、「甘味とお客様に対する感謝です」と言われてしまったらどうにもならない。


 これも秘密会議の議題に何回も上り、紛糾してまた次に話し合おう、と後回しにされること数度。


 これはどうしようかねえ。



     ◇     ◇     ◇



 石窯と冷器の部屋から戻って、メンサ先生は何度か生徒たちに言葉をかけながら歩いていく。


 全員ベリータルトという基本が出来ているはずだけど、五組が五組とも違うものを作っている。


 メンサ先生に説明してもらうと、一組は「ブリーチーズと蜂蜜のタルト」。二組は「ハーブとベリーのタルト」、三組が「森のベリーと赤ワインのタルト」、四組が「ナッツとドライフルーツのタルト」、五組は「ルビーチョコレートとベリーのタルト」だそうです。名前を聞いてもさっぱり味の予想がつかない。


「では、焼きに入りましょう。今回はピェツさんにお願いします」


 メンサ先生が手を叩いて、作業の終了を告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る