第459話・甘味の希望者
ドゥルセ・イニッパーナは、甘味職人教室の中でも最年少の十二歳の女の子。ファヤンスからの移住組の一人。
甘味作り教室の生徒は、あれだけ大変さを強調しても希望者が多かったので、メンサ先生と一緒に面接して選抜した。その希望者の中でももちろん最年少。
だから、面接の時。
『甘味作りは体力仕事です』
メンサ先生は少し怖い顔で聞いた。
『大の大人でも音を上げるような仕事。あなたにできますか?』
それまでガチガチに緊張していたドゥルセは、その瞬間、切り替わった。
緊張する女の子から、夢を目指す人間に。
『わたしのお母さんは、わたしとお父さんをあまいものでたくさん幸せにしてくれました。でも、お母さんは死んじゃいました』
ドゥルセの母親はファヤンスの主婦で、近所の評判もいい人だったが、移住する少し前、病で亡くなっている、とサージュが調べた書類には書いてあった。
『お母さんが死んじゃった後、お父さんはいっしょうけんめいわたしを育ててくれたけど、ときどきすごくさびしそうな顔をします』
母親を亡くした後、陶器の「練り」のスキルを持つ父親が一人で育てていたものの、仕事中は面倒が見られないし、スキルで陶器以外が出たらファヤンスでやっていけないんじゃないかと不安に思っていたところにグランディール移住の話が出て、娘と一緒に暮らすことに望みを託してやってきたという。
『わたし、お父さんのわらった顔をもう一度見たい。それだけじゃなくて、お母さんがまわりの人たちにあまいものをくばって、まわりの人たちをうれしいかおにしていた、そんなひとになりたいんです。だから、あまいものをつくれるひとになりたいんです。ダメですか? わたし、こどもだから、ダメなんでしょうか』
ドゥルセは最後は半泣きになっていた。
『……あなたの他はみんな大人です』
メンサ先生は無表情で言った。
『大人の中で、一人子供で、やっていけますか?』
『まわりのみんながわらってくれるなら、がんばれます!』
その意欲を買って、最年少採用したんだけど。
「頑張ってくれているんだ」
「ええ。何事にも積極的に取り組み、重い物の運搬や泡立ても頑張ってくれています。計量も正確で、火の扱いなども覚えてくれています」
「そっか。……小さい頃から夢があるって言うのはいいことだよね」
「ええ。それが叶えられる環境があると言うのも」
薄い笑みを浮かべるメンサ先生。
「スピティでは家具。フォーゲルでは鳥。フェーレースは猫。スラートキーは甘味。町の特徴があるからこそ、住まう人間のスキルが限られてきます。グランディールは家具や陶器という特徴を持ちながら、それでもどんな町より職業の幅があります。スキルではなく情熱と憧れで将来を選べるグランディールは、本当にうらやましいです」
そこでメンサ先生は微かに苦笑した。
「私のスキルは「甘味指導」。スラートキーでしか活かせないスキルです」
「それでも、あなたが居て下さったから、グランディールでも甘味が採用ができるようになりました」
「ありがとうございます。でも、他の町に指導に派遣された時、少し厳しく当たった生徒さんに言われたことがあるのです。スラートキーでしか生きられない人間と。甘味を教えて回って町を回り終わったら役立たずになると」
ひどい悪口だな。
「でも、グランディールではそれがないのですね。町で最も期待できる甘味職人希望者がスキルなしで料理を学んだクイネさんやドゥルセちゃんであり、得た技術と知識をそのまま将来に活かせる。スキルと職業が違うことが、当たり前であること。それは素晴らしいことだと思いますよ」
それで、と一瞬和らいだ表情が引き締まる。
「本日は何の御用で」
「ああ。ベリーを調達して来たけれど、これでいいのかと確認に」
シートスに直接持ってきてもらえばよかったと思いながら、「保存」されたベリーを持ってくる。
「ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、クランベリー、グースベリー。野イチゴもですね」
「材料は揃えてもらったと思うけど、抜けはない?」
「はい。小麦粉、ラード、蜂蜜、卵。ちゃんと全部揃っています。六日後に生徒の皆さんとベリータルトが……そうですね、十個は作れますね」
数を数えながら口元を微笑ませるメンサ先生。
「ショートケーキを二個と、ベリータルトを十個。窯師のピェツさんがいらっしゃるおかげで大量焼きも可能になっています。もちろんピェツさんなしでの石釜の使い方も教えていますが、確実に温度が同じで大量に焼けるスキルは本当にありがたいです」
ピェツは実は甘味が好きで、ピェツのスキルを使う報酬の一部は甘味で渡されている。だから呼ばれるたび大喜びで会議堂にやってくる。
「ショートケーキとベリータルトは一緒に焼けるの?」
「ケーキとタルトは基本的に似た温度で焼けますし、時間もそう変わりません。ピェツさんが見てくだされば大丈夫、一緒に焼けますよ」
「ありがたい。助かります」
「六日後をお楽しみに」
メンサ先生の口元に笑みが浮かんだ。
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