第458話・先生

「生まれが西の子供は、森がどのような場所か分からず、知識だけでは理解できていなかったんです」


 ああ、そういや興奮して走り回ってるのは褐色の肌の子供たちが多かったな。いや、テンションは他の子も高かったけど。


 確かに……西の乾いた地に森は育たないだろうなあ。今になれば分かる。西はの聖地で光の影響が大きい。光が大きくなって西はカラッカラの雨の降らない土地になったんだろう。


 おい、自分を崇拝している土地が荒れてるってのに気付かないってどーよ。が救うから大丈夫、なんてことを考えちゃいないだろうな。ぼくはお前の後始末屋じゃないんだよ。


「今日の授業で、子供たちも森の尊さと大切さが分かってくれました。こんな機会をいただけて、感謝します」


「いや、今回の件はぼくの都合に子供たちを付き合わせただけだから、二人が感謝する必要はないよ。ただ」


 畏まる先生二人に、ぼくは笑った。


「子供たちに必要だと思う経験とか、体験とか、そう言うのがあったらどんどん言ってきてほしい」


「ええ? でも、そんな……」


「ぼくも二年前まではスキルが目覚めるのを待つだけの子供だった」


 エアヴァクセンに残りたい、そういう思いでいた、あの頃。


「そんな、くじ引きみたいなことで将来を決めて欲しくない」


 スキルが判明して町から追い出されて、路頭に迷ったあの日から、グランディールは始まった。


 ぼくはあたりだったけど、それがエアヴァクセンにバレていれば一生町から出られない運命だったろう。


 次に続く子たちには、そんな風に、スキルに振り回されたくない。


「スキルじゃなく、自分の望んだことをやれる。そう言う町にしたいから」


 一代目のアナイナ達も、スキルに振り回された。四人が聖職者という異常事態。


 でも、彼ら彼女らも、聖職者を務めながら好きなことをやっている。


「聖職者だから一日中神殿に籠ってなきゃいけないとか、町長だから四六時中町のことを考えろとか、そう言うことはぼくは言わない。ただ、受けた感謝を忘れない人、誰かのために何かができる人、そう言う人になって欲しい。そう言う人が多ければ多い程、グランディールも健やかに、長く続くと思うから」


 感動したような先生二人の目線。


「いや、ちょっとカッコつけちゃったかな? ただ、みんなにはやりたいことをやってほしい、それができる町であってほしい、それだけなんだ」


 ああ、いや、アナイナとヴァチカの二人に甘味職人したいと直訴された時はどうしようかと思ったけれど、……あの二人、本気で甘味職人目指してたわけじゃなかったし。


 要するに「趣味でお菓子作れちゃうんです☆」と言いたかっただけだから。


 本気だったらこっちも本気で考えなきゃだと思ったけど、あの二人、完璧ミーハーの目だったし。カノム町長がスラートキーで困った志望者と同系だったんだろうな。そう言うのをスラートキーの指導者に押し付けるわけにはいかない。クイネに任せた、ミーハー根性叩き直してもらってしっかり学びなさい。


「じゃあ先生たちも、今日は湯にでも行って、ゆっくり休んで」


「じゃあ猫の湯に行ってみようかしら♪」


 チチェル先生? 声が弾んでますよ?


「この時間帯だったらクロエちゃんに会えるかしら? ニニェちゃんはこの時間お休みなのよねー。シエルさんがいないといいんだけど」


「……シエルとはどういう御関係で」


「猫を愛でる同志にして取り合いになるライバルよ」


 ……猫の湯のヘビーユーザーだった。


 いや、チチェルの思い込みかも。後からシエルに訊いてみよう。


 ……訊いてだったらどうしようという嫌な予感。


 ケンナリ先生は「ワインの湯」で一杯ひっかける、と楽しみそうに帰っていった。ワインの湯とはその通りワインに入れる湯処。もちろん湯のワインをそのまま飲むわけじゃない。サービスで飲用のワインは出てる。子供は薄めたものね。でもやっぱり大人が多い。そして見張りも多い。ウサ湯の次くらいにはセキュリティがしっかりしてます。いい大人がひっくり返ることが多いんです。二・三度撤退を考えたくらいには!


 さて、ぼくも……じゃないな、湯処に行ったり寝る前にやらなきゃなことが。



     ◇     ◇     ◇



 町でのイベントは大体会議堂で行われ、何か新しいことがある度に会議堂は広くなっていく。


 今回は調理場が出来た。石窯もあるよ。


 そこで何かしている後ろ姿に声をかけた。


「メンサ先生!」


 くるっと振り向いたのは、イェルペさんにも似た、自分の仕事に誇りを持っている目をした女性だ。


「クレー町長」


「みんなの様子はどうですか?」


 微かに彼女の口元に笑みが浮かんだ。


「皆さん、頑張っていますね。クレー町長が甘い考えで立候補するなと警告し続けてくださったお陰です」


 スラートキーから甘味指南で来た甘味指導者、メンサ・セクンダ先生だ。


「特にクイネさんは一歩先に行っていますね。甘味はそれほど好きではないようですが、料理を作ることに大きな興味を持っていますから、積極性も高い。後はドゥルセちゃんが一生懸命頑張ってますね。大人の中で力仕事もあるのに食らいついてきています」

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