第457話・森の禁忌

 まさかこの平和なベリー採りが、大陸の崩壊に対抗するために闇の精霊神の全面協力を貰うための作戦だとは関係者以外誰も思うまい。


 子供がベリーや野草を集めてヴァローレに鑑定してもらってはぼくの所にやってくる。


「クルミ! クルミ!」


「ヘーゼルナッツ!」


 木の実も見つかる。


「これ! ミント!」


「タイムだって!」


「ローズマリー!」


 ハーブまで持ってきた。


「たくさんだなあ!」


 小一時間でベリーだけでなく森の恵みが豊富に採れた。


「はい今日はここまで!」


 懐中時計を見ていたケンナリ先生が手を叩く。


「えー?」


 不服そうな子供の声。


「採り過ぎてはいけません。森には森の生活があります。森の生活を外から来た私たちが乱してはいけません。必要な分だけ採って、後は森の獣や鳥、木々に残してあげてください」


「はーい……」


 確かに、まだまだ採れるものはある。だけど、採り過ぎると、そこにいる小さな精霊たちのバランスも崩れ、森は荒れる。それと、森を切り拓くには、そこに住まう精霊の許可を得ること……つまり聖職者を通じて精霊や精霊小神なんかにお伺いを立て、許可を頂けなければどんないい場所であろうとも町は作れない。これは精霊神信仰の「まちのおきて」にもある禁忌の一つ。


 それがあるからスラートキーは肥えた土地に町を作れなかったのだ。


 豊かな森にはたくさんの精霊が存在しているから、許可が下りることはまずないんである。


 スラートキーだけでなく、今あると呼ばれる場所は、痩せた土地で苦労している。だからカノム町長とイェルペ副町長が土地を肥やす方法にあれだけ食いついたんだ。教えたこと堆肥や緑肥はどこでもできることだし、広めてもらって構わないとは伝えてあるので、豊かな土地が増えるといいんだけど。


 いやその前に大陸そのものがヤバいんだった。


「町長、ベリーの保存終わりましたよ?」


 シートスに肩を叩かれて、やっと我に返った。


「あ。ああ、ありがとう」


「このベリー、スヴァーラさんを助けてくれた方のおもてなしに使うんですって?」


 聞いたのはフレディ。何でそれを知って……あ、旦那がティーアか。ティーアは口は堅い。だけど、喋っていいことで、伝えておいた方がいいことは伝えても構わないと言ったから、「なんでベリーを?」「町長が恩人のおもてなしに」という会話があってもおかしくないって言うか話が歪まずに進むのはいいことだ。


「うん。甘い物が好きな人で、スラートキーのショートケーキをリクエストされたんだけど、それだけだとグランディールの感謝の印にはならないから、カノム町長に教えてもらったベリータルトを」


「随分たくさんできそうですけど」


「たくさんできたら学問所とかに配るよ」


 また子供たちの目にキラキラが戻る。


「おもてなしをするのは一人だけだからね、これだけの分のベリータルトを一人で食べきれないでしょ」


「わーい!」「わーい!」


 子供たちが飛び跳ねる。


「はい点呼するっすよー!」


 「場所特定」のリューが声を張り上げるのは、スキルで見つけ出す前に戻って来い、ということだ。


「はい一人、二人、三人、四人……」


 数えて、「場所特定」とエキャルとテイヒゥルに回ってもらって離れた子供をいないのを確認して、アレに「移動」してもらう。


「はい今日はここで解散! ちゃんと湯処行って泥とか木くずとか落とすこと!」


「はーい!」


 グランディールはかなり広くなったけど、ウサ湯のウサ車とか大湯処の駆け足鳥ストルッツォとか移動手段はそれなりにあるし、子供は放牧地や窯、崖、畑など、生産に必要なところ以外は通っても構わない。禁止地域も大人の同伴か許可があれば入ってもいいけれど、何となく子供は「そこは大事な所」と認識していて、入ってやんちゃすることもなくなった。


 って、何か送迎用の駆け足鳥がぞろぞろ来るんだが……。


「ちょーちょー! おおきいゆどころいってもいいよね?」


「僕たち入ってもいいんだよね?」


「その為に駆け足鳥送迎に呼んでたのか」


「うん!」


 まあ、大湯処は子供だけではいってはいけないという決まりはない。ルールやマナーはあって、それを見張る駆け足鳥もいる。でもなあ。興奮した子供だけってのもなあ。


「わたしが見張りましょうか?」


 フレディが名乗り出てくれた。女傑……!


「じゃあ男湯の方は俺様が見るよ」


「ソルダート、久々の休日だったんじゃ……」


「なあに、門番の言うことは従わないと怖いってのはガキどもも知ってる。睨みになるだろ。安心しろ、酒も入ってないからちゃんと見れる」


 ソルダート、初めて会った頃は結構乱暴者だったけど、今は立派な町の守り手で、子供たちの信頼も勝ち得てる。


 人って変わるものだなあ。


「うん、じゃあ、フレディ、ソルダート、お願いするよ。シートスは町長室までベリーを運んで、残りのハーブとかはクイネの食堂運んで」


「了解、町長」


 大人たちもばらけて帰っていく。


「町長、今回は貴重な機会をありがとうございました」


 二人の先生が頭を下げた。

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