第166話・いったいどこから?
「誰かが、この鳥を痛めつけた……?」
こくりとティーアが頷く。
「この手紙と合わせて考えると、このオルニスって鳥は、定期的に乱暴されていたようだ。飼い主は隙を見て逃がしたんだろう。何とか生き延びてくれ、と」
だが、とティーアは唸る。
「逃がした飼い主が無事かは……何とも言えない」
「え?」
「鳥に乱暴を働いたというのは、鳥が飼い主にとって大事で仕方がないものだからだ。その鳥を逃がした飼い主がどんな目に遭っているか……」
ティーアが静かに怒っている理由が、見えた気がした。
飼い主にとって鳥は大事。鳥を痛めつけられるのが耐えられないほどに。それを利用されて、痛めつけられて、飼い主は言うことを聞かされていたんだろう。
でも鳥が大事で、可哀想だから。可愛いけれど、このままでいたら可哀想だから。
せめて、と。
せめて、誰かに拾われることを望んで。
だけど、人質……鳥質? ……になる存在を逃がされたら、脅しているほうが怒るだろう。飼い主に何をしているか分からない。
青い小鳥はふるふると震えている。
ふと、オルニスがここに来た経緯を思い出した。
「ねえティーア、聞きたいんだけど」
ティーアが顔を上げてこっちを見る。
「鳥が自分から町を選んで逃げてくることって、あるのかな」
ティーアは小さく唸った。
「伝令鳥や宣伝鳥であれば……難しくはない。彼らは町の場所をスキルで知っている。何かに追われて安全な町に逃げ込むということは聞いたことがある。だがインコは……」
言葉を一瞬詰まらせ、そして口を開く。
「可能性があるとすれば、伝令鳥に助けを求めた時だ」
ぼくはオルニスを見て、エキャルを見て、ティーアを見た。
「……鳥同士で意思疎通って出来るの?」
「群れで生活する鳥ならば。あるいは……何らかのスキルの影響下にある鳥ならば」
ぼくらは素早く視線を交わし合った。立ち上がろうとして、ティーアに抑えられる。
「俺が呼んでくる。お前はあんまり動き回るな」
「……分かった」
ぼくは鳥部屋の椅子に座り、ティーアは素早く立ち上がってドアに向かった。
布の中に埋もれているオルニスを見て、そっと指を差しだす。
オルニスは薄く目を開ける。
そして、指先に小さく頭を擦り付けた。
「大丈夫だよ」
そっと、声をかけた。
「もう君を痛めつけるやつはいない。それとも……飼い主が心配かい?」
オルニスがぼくを見た。
何かを訴えている目。
「……そういう目されると困るんだよなあ……何とかしてあげたくなっちゃうけど、何とかしてぶっ倒れたの散々怒られたからなあ……」
でも、と軽く頭を撫でる。
「出来ることはやるから。助けを求めてグランディールに来た以上、出来ることはやる。皆の力を借りて」
ティーアがヴァローレを連れて戻ったのは、数分後のことだった。
「スキル鑑定? この鳥を?」
「頼めるか?」
ヴァローレは頷き、オルニスを覗き込む。
ギン、と黄金色に光る瞳。
「…………」
じっと見つめる。
「スキルの……気配があるな」
「送り込まれた?」
「いや違う。長い間スキルの支配下にあったから、その名残が残ってるんだ」
「名残……?」
「鳥の目を借りて物を見る、かな? 恐らくそのスキルの持ち主が飼い主なんだ」
鳥の目……?
何か、どっかで……。
「エキャル」
こりんっと首を傾げたエキャルに、ぼくは父さんか母さんのどちらかを呼んできてくれと頼んだ。
エキャルはくんっと頷いて、鳥部屋から外へ飛んでいく。
「心当たりあるのか?」
「あるようなないような……はっきりしないから聞いてみる」
エアヴァクセンに一番最近までいたのは父さんと母さん。下級層の住民だったけど、ミアストの側近あたりの情報なら知っているかも。
しばらく待っていると、窓の外、エキャルに先導されて父さんと母さんが走ってきた。
「クレー!」
「どうかしたの? 鳥部屋に呼び出したりなんかして。具合が悪い……わけじゃなさそうだけど」
走ってきた両親。さすがに倒れて寝込んだ後で、ぼくが呼んでると言われれば焦るよな。
「ゴメン、ちょっとぼくの体以外で聞きたいことがあって」
「なんだ?」
父さんが不審そうな顔で聞いてくる。
「この子」
オルニスを指す。
「見覚え……ある?」
「見覚え……?」
二人がインコを覗き込む。
「……見たことあるわね」
「名前はオルニス。年寄りなんだって」
「オルニス……?」
「ねえ、あなた。オルニスって言えば、スヴァーラさんの」
オルニスがその言葉に反応した。一生懸命頭を起こし、何か言おうとする。
「ああ、スヴァーラさんか」
父さんも頷く。
「そうだな、彼女の飼っている鳥が、確かオルニスと言ったな」
「スヴァーラって?」
「ミアスト町長の側近の一人だよ」
父さんの爆弾発言に、ぼく、ティーア、ヴァローレが顔を見合わせた。
「ええ。鳥の目で見たものを見て、それを映し出すことが出来るスキル……
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