第167話・鬼

「スヴァーラ?」


 聞き覚えがあった。


 よくモルと一緒にミアストの後をついて歩いている女。いつも何かをこらえているような顔をした人だった。


 そう言えば、ミアストはSSランクの町長のたしなみとやらで使えそうなスキルを集める癖があり、その人……鳥の視界を自分で見るだけじゃなく、壁のような場所に映し出せる能力を、便利だと町民や訪れた他の町の町長たちに自慢していた。


「父さん、そのオルニスって小鳥で、何か知ってることってある?」


「ああ……親もいいスキルの持ち主でね、スヴァーラさんが目覚めた記念に、小鳥を娘に贈ったと聞いている。それがオルニスだと」


「もう一つ聞きたいんだけど」


 ぼくの顔を見て、父さんが真剣な顔で見返す。


「……何だい?」


「その鳥、スヴァーラさん大事にしてた?」


「ああ、鳥をもらった直後にご両親が亡くなられたから……最後に残った家族と言ってもいい」


 ティーアとぼくは視線を交わした。


「最後に残った家族なら……人質に取ることは出来るね……」


 呟いて、


「ありがとう、父さん、母さん」


「クレー」


「ん?」


 立ち上がった父さんは、ぼくの目の前に来た。


「何をやる気かは知らないが」


 う。何かやるって思われてる。


「無茶だけはするんじゃないよ」


 父さんと母さんは真剣な目でぼくを見ていた。


「お前は優しい子だ。スヴァーラさんのことを見捨てられないのも分かる。だけど、お前はグランディールの町長だ。お前の双肩にこの町が乗ってるんだからね。お前が一番に考えなければならないのは、この町だ」


「……はい、よく分かってます」


「約束してくれるね? 前のように、町のみんなを悲しませないと」


 ぼくは大きく頷いた。


 だって、それは本音だったから。


「最大限努力する」


 母さんは何か言いたそうだったけど、父さんに腕を引かれて、そっと一緒に部屋を出た。


 ティーアとヴァローレがこっちを見ている。


「アパルとサージュを呼んできてくれ」


 ティーアとヴァローレが頷いて、鳥部屋を出て行く。


 無茶はしたくない。して痛い目に遭ったばかりだから。


 だけど、助けを求めてグランディールにやってきた、オルニスを見捨てたくはない。


 多分、オルニスはグランディールを探してやってきたんだ。


 ミアストと真正面から勝負してくれる町を探したら、グランディールしかなくて、来たんじゃなかろうか。


 助けるのが町長ってもんだろうけど、ちょっと今は無茶は出来ないから。


 ここは作戦を練るしかない。


 ぼくも誰も無茶しないで、グランディールからオルニスの飼い主を助け出す方法……。


 …………。


 うーん。


 無茶しかないんじゃなかろうか。



     ◇     ◇     ◇



 呼ばれてきたアパルとサージュは、呆れたような顔をしていた。


「この小鳥の飼い主、ねえ」


「なんでお前は起きられるようになった途端に厄介事を持ち込むんだ」


「今回はぼくじゃない。エキャルだよ」


「エキャルラットの飼い主は?」


「ぼく」


「飼い鳥の責任は飼い主の責任」


 サージュがきっぱりと言ってのけた。


「ぼくのせい?!」


「お前のせい」


「なんで?!」


「なんでと言われても」


「クレーが厄介事にしたのは間違いないんじゃ?」


 アパルも意味ありげな視線をぼくに送ってくる。


「小鳥一羽、見過ごすことも出来ないのか?」


「出来ない」


 と答えたのはぼくじゃなかった。


「小鳥一羽とお前たちは言うが、その小鳥一羽に自分の命を賭けた人間がいるんだ」


「ティーア」


「エアヴァクセン、痛めつけられた小鳥、その鳥を逃がした人。あの町長が関わっていないはずがない」


 ただでさえ強面のティーアが、鬼のような顔になっている。


「女子供に暴力を振るう人間は論外だが、無力な動物を人間の都合で痛めつけるのはもっと許せん。町長がダメと言ったら俺がやる。俺がやるつもりだった」


 ティーアの膝に置いた手が震えている。


「ミアストだろうが誰だろうが、鳥と飼い主を痛めつけたぶん、殴って、殴って、鳥と飼い主に向かって土下座させなければ俺の気が済まない。その為なら何でもやってやる」


 あー……動物好きがキレるとこうなるのか。本来の飼い主スヴァーラさんが下手しなくても命がけで逃がした小鳥。年を取って暴力を振るわれて、それでも逃がしてくれた飼い主を何とかしてほしいとグランディールにやってきた小鳥。


 エキャルがこれやったら、ぼくなんでもやってるな。


 てか、アパルもサージュも少し引いてる?


「アパル? サージュ?」


「あ? あ、ああ、ああ」


「ティーア、怖い」


 アパルの一言で納得した。


 うん、文字通り「鬼の形相」だからな。


「だけど、エアヴァクセンに殴り込みに行くことはお勧めできない」


 ティーアがいつもの倍くらい怖い顔……つまり普通の人間の最高怒り顔になったのを見て、アパルは言った。


「今ティーアが行くと、グランディールがエアヴァクセンに暴力的行為を行うことになる。分かっているとは思うが、町が町に暴力的行為を行うのは最大の禁止行為だ。下手をすれば町どころか町民までもが滅ぼされる」


「知らん、そんなこと」


「知ってくれ、今」


 サージュが頭を抱えた。

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