第168話・考えた末

 町の暴力行使は、「まちのおきて」で固く禁じられている。


 「まちのおきて」とは、この世界……各町が住民を守る、今ぼくたちが生きるこの世界……大陸にある、全ての町の創世神話にして、町を縛る絶対の掟だ。


 基本、各町の法律はこの掟を元に施行されている。掟を破った町、都合のいいように改変した町は天罰……精霊神の怒りの鉄槌が振り下ろされるという。


 変えてはならない絶対の掟の一つが、暴力行使だ。


 町の力を使って、町や違う町の個人に暴力を振るってはならない。


 個人の喧嘩は見逃される。が、町の武力、財力などを使って、他の町の町民に暴力を使ってはいけない。それは罰の対象となる。どんな罰かと言うと、疫病、飢饉、天火、洪水、地震、雷鳴と、色々な形はとるが、その町にストライクで下り、他の町には影響せず、町全体がスキルを「合わせ」ても逃れられないのだという。


 なんでそこまで厳しいの、と思う人もいるけど、それは今の世界になる前の世界が暴力……「いくさ」で滅んだからだという。


 町をたくさん集めた「くに」があって、「くに」は争っていた。民を奪い合い、土地を奪い合い、「いくさ」が続き。


 精霊神は愚かな争いを続ける人間を、見捨てようとした。


 だけど、と精霊神は思い直した。


 すべての人間が愚かなのではない。「あるじ」たるに相応しくない人間が「あるじ」になって、権力を追い求め、一番手っ取り早く手に入れる「いくさ」を始めたから、この事態が引き起こされたのだと。


 だから、「くに」が滅んで生き残った民の前に、精霊神は降臨した。


 最初の「まち」、スペランツァを作り、人々に守らなければならないことを教えた。


 暴力で人を治めることはあってはならないと説き、長に相応しくない人間が長くその地位にいることを防ぎ。


 各地にスペランツァを真似た町が出来たことで、精霊神は安心してスペランツァと共に精霊界へ戻り、世界を見守ることにした。


 精霊神が今も世界から目を離していないから、天罰があるのだ。


 ならぼくをぶん殴って閉じ込めて脅したファヤンス町長デスポタはどうなるんだ、と思ったけど、そういやあいつ、ぼくが町民を引き抜いたせいでほとんど名ばかり町長となってたな。町を返せと言ってたけど、多分ぼくに復讐しようと行動に到った時点で、町長の座は降ろされてたんだな。ヤバい状態になった時、町民が強制的に町長を追い出すこともある。デスポタもそれになってたんだろう。他の町の町長をぶん殴ったら立派な町の暴力、「いくさ」だしな。



「まちのおきては俺でも知っている」


 ティーアは腕組をしたまま言った。


「だが、何の罪もない小鳥の命を盾に、飼い主の望まぬことをさせているということだろう? そんなことをする町が長くもつわけでなし、ここで俺がミアストだけでも潰して……」


「だから、それがダメなんだって」


 ティーアの発言に、アパルが思わず頭を抱えた。


「ティーアがグランディールの町民で、エアヴァクセンの町民あるいは町長に危害を加えに行ったらそれがグランディールの責任になるぞ。即ち、破滅だ。ティーア一人が潰れるのならいいけど、グランディール全体がアウトになるんだ。さすがに小鳥と一人の命、それを町全体の命を引き換えにするには厳しいんじゃないか?」


 ティーアの顔がまた怖くなった。


「なら、見捨てろと?」


「そうは言ってない」


 サージュが眉間にしわを寄せた。


「俺たち元エアヴァクセン町民としては、あの馬鹿ミアストに一杯食わせてやるのもそいつに捕まってるのを助けるのも望むところだ。だけど正面から行っては「いくさ」になって潰されるのはグランディール。それだけは防ぎたい」


「…………」


 唸るティーア。悩むサージュ。


 そうだよな、ミアストに追い出された立場からすれば、ミアストが赤っ恥をかくのは大歓迎。


 ところが、その手段が思いつかないんだから悩ましい。


 ぼくは動けない。ていうか、今、ぼくが動くと言ったら、町民全員に止められる。ぼくが体を動かすのも、スキルを使うのもアウト。で、動けたとしても町長が動いた場合「おきて」に引っ掛かる可能性が大きい。


 しかし、ティーアを行かせると、きっと殴り込みになる。ティーアは真面目だけど、ちょっと頭が固く、盗賊団の頭だったこともあって、手が早い。ミアストを前に殴るのを我慢するのは無理だろうなあ……。


 ティーア一人で行かせたらいけない。しかし、それ以上を行かせるとグランディールの責任になる。


 いや、ちょっと待てよ。


 ……行けるか? 行けるかな?


「ちょっと考えたんだけど」


 三人の目が一斉にこっちを向く。そして。


「動かないと言ってる端から動くのか」


「負担がかかるからやめろと言っているのに」


 ……ぼくがなんかやらかすこと前提で考えられているな。


「ぼくじゃないよ。ぼくはせいぜい手紙を書くくらい」


「手紙?」


「だから」


 ぼくは思い付いたことを言った。


 本当に些細ささいで大雑把な思い付きだけど。


 話し終わると、三人が唖然としてこっちを見ていた。


「えーと。ダメ、かな」


「いや……いや、すごい考えだ」


「確かにそれなら、町長クレーは手紙を一通書くだけで済む。後腐あとくされもないし、どの町も納得してくれる」


「じゃあ、早速始めよう」


 ティーアが立ち上がり、ぼくはアパルと一緒に鳥部屋を出た。

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