第169話・鳥の届ける手紙

 エアヴァクセン。



 スヴァーラは寝込んでいた。


 酷い熱。でも、病気じゃない。


 オルニスを……家族同然の大事な小鳥を逃がしたことで、散々モルに殴られたのだ。


 前から、オルニスを放してやってくれ、言うことも聞くし従うから、と言っても聞いてくれず、すぐにオルニスはモルに掴まれ、握りしめられていた。絞め殺すぞ、と言われた。


 殴られた顔が痛い……頭がガンガンする……体が熱い……。


 でも。


 最初からこうしてあげればよかった。


 そうすれば、オルニスはきっともっと元気に、幸せに生きて行けたのに。


「ごめんね……でも、大事にしてくれる人の所に行けたよね……」


 両頬が腫れている。腕も足も青あざだらけ。顔も散々殴られた。ミアストとモルの怒りを買うのが怖い皆は、部屋に近付きもしないだろう。


 でも、後悔はなかった。


 これで、あの子が幸せになれるなら。


 ワタシなんて……いくら殴られても……。


 オルニス……もう会えないけど、幸せにね……。


 スヴァーラの頬を、涙が伝い落ちた。



     ◇     ◇     ◇



「全く、あの女め」


 モルはぶつくさ言いながら、自分の部屋に向かっていた。


「何が、逃げないから逃がしてくれだ。あんな鳥一羽、焼いて食ったところで美味くもないだろうに大事にしやがって」


 がん、と柱を蹴る。


「あの鳥がいないとあの女はおれの思う通りに動かないじゃないか。あいつはおれの思う通りにするのが一番幸せなのに」


 自分はミアストの一番の部下だ。SSランクの町長からの腹心。誰もがその座を狙っているが、ミアストの信頼があつい自分が一番に決まっている。


 エアヴァクセンが回っているのはミアストのおかげ。そのミアストを支えているのは自分。ミアストが一番信頼して、仕事を任せるのは自分。他の連中には任せられないから、自分がここにいるのだ。


 なのに、町民は誰も自分を認めない。


 ミアストの信頼を一身に受ける自分をうらやんでいるのだ。そうに違いない。そうでなければここまで信頼を受ける自分を認めない理由がない。


 そう……あの女も、自分を認めない。


 ミアストの命令を告げる時、いつも彼女は視線を伏せている。好きでやっているわけではないという顔で。


 自分が見ていなければ、あの女は悪い方悪い方へと向かって行く。だから気にかけて見てやっていると言うのに、どうしてあんな不幸面をするのか。


 あんな鳥なんか見なくていい。


 真っ直ぐ自分とミアストだけを見ていればいい。


 なのにあの女は、鳥ばかり見るから!


 食えもしない鳥を可愛がってどうする。確かにあの女のスキル「鳥観図」を最も合わせやすい鳥ではあるけれど、鳥なんていくらでもいるじゃないか。そして、鳥より大事にするべきなのは自分だろう? そしてそこまで取り立ててくれたミアストだろう?


 鳥ばかり見るな! こっちを見ろ!


 何度も鳥を絞め殺そうと思った。絞め殺してこっちしか見ないようにしようかとも何度も思った。だけど、鳥を痛めつけることは許さない、とミアストは何度も言った。鳥を殺して言うことを聞かせるなんて三流のやることだ、と。


 それに……と言い淀んで、ミアストは口を閉じたが、その辺りのことはモルは忘れている。


 殺すことは許されないと頭の中に入っているから、絞め殺すことだけはしないでおいた。ちょっと力を込めれば潰れそうな命を握って、あの女の視線をこちらに向けていることで我慢していた。


 なのに、あの女は鳥を逃がした。


 そんなにあの鳥が大事か! 鳥しか見ていないのか!


 頭に血が上り、気が付いたら女をボロボロにしていた。


 いや、この女にはこれが相応しい。


 おれより鳥が大事な女には、ちょうどいいお仕置きだ。これであの女も目を覚ますだろう。逃げて行くだけの鳥を愛するだなんて馬鹿げたことを二度としないだろう。


 ニヤリとモルは笑ったのだった。



     ◇     ◇    ◇



 ミアストの元に、部下の一人が駆け込んできたのは、それから二日後。


「何事だ」


 不愛想にミアストは答えた。が、その部下の姿を見て、思わず目を丸くする。


 部下は、伝令鳥や宣伝鳥の面倒を見る鳥飼とりかいで、彼が来たということは何処かの町から手紙が来たという意味だ。


 しかし。


「たった今、この鳥が」


 最高級品と一目でわかる緋色の鳥が、激しく鳥飼をつついている。


 伝令鳥が配達相手を突くのは、相手の相当な怒りを示している。しかし、SSランクのエアヴァクセンにここまでの怒りを伝えて来るとは、一体……?


 グランディールか? しかしさすがにあの町も正面からエアヴァクセンに喧嘩を売るほど馬鹿ではないだろう。


 その間にも伝令鳥は激しく鳥飼を突き、鳥飼の顔面は血塗れだ。


 これだけ突かれるほど、自分は何処かの町を怒らせたのか?


「寄越せ」


 鳥飼は激しく突かれながら、封筒から取り出した手紙を渡す。そして伝令鳥から頭を庇って手を上げる。


 町の名を見て、一瞬ミアストは何故、と疑問を持った。


 この町からこんな怒りのこもった手紙が送られる理由が分からない。この町とはそんなに親しくはない。が、この町はどの町にとっても重要な町なので、ここまで怒らせた理由が分からない。


 手紙を広げる。


 一瞬その顔が青ざめ、そしてだんだん赤味を帯びてきた。


「モルを……あの馬鹿を呼べっ!」

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