第170話・大馬鹿者
ミアストが激怒して自分を呼んでいると聞いたモルは、何事かと大急ぎで町長室へ向かった。
一体何があった?
自分が出て行かないと収まらないほど町長が激怒している?
やっぱり町長が信頼しているのは自分だ、そこまで激怒している時に自分を呼んでくれるなんて。
お待ちください、町長。
一番の部下が今、参ります……!
町長室に飛び込んだモルを待っていたのは、真っ赤な顔のミアストだった。
「この……この」
「はい!」
「この、大馬鹿者がーっっっ!!!!」
モルはミアストの本当の激怒を知っている。ミアストはモル以外の前で本当の激怒を見せたことがない。自分にぶつけて、落ち着いて、それから他の部下を怒るのだ。この激怒を宥められるのは自分だけ……!
「落ち着いてください町長! わたしはここにおりますので……!」
「ああ、呼んだからな! いないとおかしいぞこの愚図の能無しの考えなしが!」
「はい! 今度お怒りになる相手はどの馬鹿でしょうか!」
「貴様だこの馬鹿!」
「はいわたしです!」
「そうだ貴様だ、私の顔に泥を塗りおってこの馬鹿者が!」
いつもミアストは自分に怒りの矛先を向ける。それを自分はただひたすらに受け止める。そして呼吸が落ち着いてきて、顔に上った血が少し引いてから、その怒りの原因をぶちまけてくれる。それが出来るのはエアヴァクセンでも自分くらい。
モルは最大級の怒りを受け止めながら、内心この仕事を誇らしく思っていた。
……が。
いつもなら五分も怒り狂えばある程度静まるはずのミアストが、今日は十分経っても収まる気配がない。
「全く、こんな馬鹿で愚図で愚かな部下だとは思わなかった! 私は言ったな! 鳥を傷付けるなと! 鳥を奪う必要はないと! 傷つけるなと! それを貴様は! 藪をつついて蛇を出すとはこのことだ!」
……あれ?
モルはここでやっと疑問を覚えた。
ミアストが怒りをぶつける相手は自分……自分にぶつけて、落ち着くはずなのに、今日は全然落ち着かない……。沸き立つ怒りが本来向けるべき相手に向く様子がない……なぜだ?
「町長、ミアスト様」
こんな時に口を利くのは間違っていると分かってはいたけれど、聞かずにはいられなかった。
「今回は誰が、町長をそこまで怒らせたのですか?」
「!!!!!!!!!」
ミアストはデスクに両掌を叩きつけた。
「貴様の、モル・フォロワーの、他に、誰が、いると、言うんだ、この、大馬鹿があっっっ!!!!」
一言一言、区切る度にデスクに掌を叩きつけるから、ミシリと怪しい音がする。
「わ、わたしです、か?」
「そうだ!」
モル個人に向けて怒られたのはこれが初めてじゃない。むしろモルに向けて怒られることの方が多い。モルが異常なまでに前向きで自分の都合のいい考え方をしているだけで、周りから見るとモルだけに怒っていたことは多々ある。が、ミアストはそれでもモルの尻拭いを何とかしようと努力していたのだ。
なのに、今回は、それがない。
モルに真っ直ぐに向けられた怒りが収まることはない。
モルからすればこれは意外。
自分は、ここしばらくミアストの命令もなく待機状態。大人しくしていた。いきなり呼び出されて激怒される
だけどモルにとってミアストは神に等しい存在だから、思い切って切り出した。
「わたしが……何をしたのでしょう?」
「貴様、字は読めたな。エアヴァクセンは仮住人も転入者もまず読み書きから始めるのだから、貴様が読めないはずはないな?!」
「は、はい、エアヴァクセンは素晴らしい町長の町ですから、そこにいる住民も……」
「ならこれを読め! 頭から、声に出して読んでみろ! 読んでいると、私にもわかるように!」
「は、はい……?」
顔面に投げつけられて落ちた紙を拾い上げて、広げる。
「『エアヴァクセン町長ミアスト・スタット殿へ、フォーゲル町長アッキピテル・ソーカルが抗議文を送ります』」
読んで、え? とモルの目が点になった。
エアヴァクセンに抗議の手紙……? 鳥の町フォーゲルから? 何があった?
「止まるな、読め!」
「し、失礼しました! 『この度、エアヴァクセンにお譲りしたインコのオルニスが、エアヴァクセンにて危害を加えられていたことが判明しました』……!」
ひゅっと、吸い込んだ息がおかしなところに入り、モルはむせた。
インコの……オルニス……。
スヴァーラが逃がした食えも出来ない鳥だ!
「続けろ!」
「は、はいっ! 『フォーゲルが売った鳥は、全て安全に扱われることを第一の条件としており、そのことを契約書にも明記してあるはずですが、今回、インコのオルニスは、明らかに人間が手で握った痕跡、飢えさせた痕跡、その他過酷な状況下にあった痕跡が多々認められます。フォーゲルはこの事態を重く見、エアヴァクセンにフォーゲルの大事な鳥は預けられないと判断、この対応によってはエアヴァクセンのすべての鳥を引き揚げさせることも念頭に入れて考えております』……!」
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