第468話・合流

 『今猫の湯』


 それだけ書かれたメッセージを受け取って、ぼくたちは頷き合った。


 ぼくは紙に何も書かないで宣伝鳥に持たせる。


 宣伝鳥は一つ頷くと、力強い羽ばたきと共に大湯処の窓から飛んでいく。


 他の町だったら神殿から出ることもなく祈り続ける大神官と神殿を守る守護者は、今必死で甘味をああでもないこうでもないと頭を捻りながら並べている。


「今フォンセたちは猫の湯だって」


「おう? おお」


「違うよラガッツォ、こっちに置いた方がショートケーキの白が映える」


「でもそっち置くとルビーチョコレートの色と合わない!」


「ああもう、シエル連れてきた方が早いだろこれっ」


「シエルが黙っていられるんなら連れてきてるんだけどね」


「……無理だな、あのにーちゃんは」


 グランディールの親とも呼べるうちの最強デザイナーは、町一番の最強お喋りにーちゃんでもある。


 普段町民の前に姿を現さないのは天才にありがちのプライドの高さでも孤高というわけでもない。顔を出しているけれど近所の愉快なにーちゃんという感じで、誰もこれがイコールデザイナーのシエルと認識しないだけ。で、喋ってみれば喋り好きの喋り過ぎ、近所のおばちゃんの井戸端会議に入って行っておばちゃんたちの家庭の晩御飯を揃って二時間以上遅れさせた経歴のある人間。


 本人曰く、喋りの中からインスピレーションを得ているのだとか。


 インパクトの猫の湯と可愛いウサギのウサの湯と立派で豪華な大湯処、全部ひとりの人間がゼロから創作したデザインだと言うとみんな驚く。少なくともこの間町長連を招いてのお披露目の時そう言われた。シエルとみんな会いたがったけど、シエル自身は大湯処に集中している時、猫の湯で猫にまみれて疲れを癒していたので、より一層「謎のデザイナー」のイメージが強まっている。喋らせるともう孤高とかそう言う言葉から一番離れている人間だってのが分かるんだろうけど、本人面倒臭がって偉いさんとは喋らないからね……。


 と、大急ぎで伝令鳥が飛び込んで来た。


 何かあった。


 定時連絡はさっき会ったばかり。それなのに連絡が来ると言うことは、予定外のことが起きたってことだ。


「どうした?」


「何か……?」


 あせあせしてる宣伝鳥から封筒を外し、紙を広げ。


 次の瞬間。


「うわあ……」


 ぼくは思わず頭を抱えてしまった。


 ぼくの手から滑り落ちた紙を拾って読んだ二人も。


 書かれた文字は、ほんの少し。


 ティーアの字で、こうあった。


 

 『アナイナとシエル合流』。



 ……はい?



 ……なんで……。


 ……なんであの二人が合流するんだよ!



「食器二つ追加! ケーキは八等分にする!」


「ドリンクも!」


 ラガッツォとマーリチクが準備のために部屋を飛び出したのに、ぼくは立ち直るのに必死……と言うか立ち直る余裕がない。


 テイヒゥルいただろ? テイヒゥルはあの二人はダメって分かるだろ? ヴァチカとスヴァーラも当然分かるよな?


 なのに……なんで町で一番厄介な二人組と合流させるんだよ!


「うああああ……」


「町長、しゃがみ込んでる暇ないぞ!」


 しゃがみ込んでいるとラガッツォに背後から蹴り入れられた。


「席も二人分足す! あとおれらにできるのはシエルとアナイナがフォンセと取っ組み合いにならないのを祈ることだけだ!」


「誰に祈るんだよ!」


 …………。


 しばらくラガッツォ考え込んで。


「創造神とやら!」


 そうだね、こういう場合偉い人を怨むもんだよね……。


 でもフォンセすら気が遠くなるほど長い間会ったことがないって言ってるから、多分ここでの祈りなんて聞いてくれないと思うけど。そもそも創造神が人間の味方だったって聞いたことないし。


 でも……。


「くっそ、怨むからな!」


 ぼくは立ち上がるとラガッツォとマーリチクが運んできた少し大きい机に、ケーキとタルトを置き換える。


「ああバランスが」


「バランスはとりあえず後! とにかく二人追加! 追加できなきゃあの二人拗ねて後々厄介になる!」


「だよね、何とか何事もなかったかのように出迎えないと!」


 マーリチク、ここが神殿だったらおもてなし部屋の修正くらいスキルのちょちょいで出来る「守護者」なんだけど、ここは大湯処であって神殿じゃない! フォンセ自身が神殿でのおもてなしを嫌がったから仕方ない、人力でやるしかない!


 わたわたわーわーしている所にまたも宣伝鳥。


 『真っ直ぐそっち向かい』


 ティーアの文字が乱れている。強面のぶっきらぼうなせいで乱暴な人間だと誤解されやすいんだけど、かなり生真面目な人である。字も丁寧で綺麗。そんなティーアの字が乱れるなんて相当焦っているってことだ。


 だけど直接会うわけでもないティーアが焦る事態、直接会うぼくたちはパニックに近い。


 走り回って慌てて会場を修正していると、がりがり、と音がした。


「!」


 ドアの下からドアを軽く引っ掻く音。


 ぼくは慌ててドアに近付いて開ける。


「テイヒゥル!」


 テイヒゥルが申し訳なさそうにしょんぼりしている。


「ああ、ああ、お疲れ」


 剛毛を撫でてやる。


 その後ろから。


「来たわよー」


「もー。なんでわたしだけ仲間外れなのよー」


「こんな面白そうなことをオレ抜きで始めるつもりだったのか?」


 招かざる含むお客様いらっしゃいました。

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