第469話・遭遇(ヴァチカ視点)

 町長の視線が、「なんで?」って言ってる。ラガッツォとマーリチクの目も、そう言ってる。


 あたしたちだってそんな気はなかったのよー!



 そもそもの初めは猫の湯……でした。



 部屋の真ん中でクッションの上に寝転がって猫と戯れるフォンセ。幸せそうに笑ってる。


 だから、あたしたち油断してました。


 普通の人たちが休みの時にもふらふら湯に入りに来ることのできる人間がいるってことを、忘れてました!


 奥のスタッフルームの方から足音と何か言い合う声が聞こえる。


 異常事態発生?


 スヴァーラと視線を交わし合い、スタッフルームの方に聴覚集中。


「ちょっ、今は通せないのよ!」


 猫の湯管理人でティーアの奥さん、フレディさんの声がする。


 この作戦のことを内緒にして、単純に町民がお世話になった人を猫の湯に連れて行きたいって話をつけて、とりあえず今日この時間帯は貸し切りにしてくれていた。


 なのに、人が来た?


 貸し切りを押して入れる人間なんて、このグランディールでは限られてる。


 いやーな予感しかしない。


 フォンセは気付いているのかいないのか、猫と戯れているだけで、焦ってるのはあたしたち。


「ここはオレが作ったんだぞ? オレにいつでも入る権利がある!」


「町長はそんなこと言ってません!」


「じゃあ町長に聞きに行く!」


「そうしましょう。では町長を……」


「そんな面倒臭いことは、とりあえず猫を愛でた後!」


「だから、貸し切りって言ってるでしょう!」


 この声は……この話の内容は……。


 ヤバイ。


 スヴァーラの視線も「まずいですよ」と言っている。


 ガチャっとドアを開ける音がして、入ってきたのは。


「テポちゃ~ん! トイちゃん! アファちゃ~んっ! 元気ですかー?」


「シエル!」


 スタッフルームから現れたのは……。


 グランディールの大重鎮、シエルさんでしたとさ。



「お? お? 誰あんた? この猫の湯に何の用?」


 シエル、接客中の猫に囲まれて幸せそうなフォンセを見て、早速声をかける。


「猫と戯れに来たのよ」


「要は猫にまみれたいってことだろ?」


「まみれる?」


「こう言うこと」


 シエルはでーんと部屋のど真ん中に大の字で寝ころんだ。


 ふんふん、と匂いを嗅ぐ猫たち。


 でも猫の湯の猫さんたちは一見さんファースト。いつでも来る人より初めて来る人に愛想を振りまく性格。シエルからスッと目線を逸らしてフォンセの方に来る。


「まみれる? こう言うこと?」


 フォンセ、ドーンと床に大の字。


「フォンセ真似しなくていいから」


「まみれるってどういうのか知りたいの」


「知らなくてもずっと問題はないんだよ?」


 と、猫たちがフォンセの胸の辺りに乗ったりお腹の辺りにグリグリ頭を擦り付けたり。うん、常連さんには塩なんだよね。


「ぬぐぐぐぐ……」


 シエルがぐぬぐぬしてます。


「なるほど、まみれる。これがまみれる。へえ。面白い!」


 キャッキャ笑いながらすりつく猫の感触を楽しむフォンセ。


「シエル、今日はお約束があるから貸し切りなの! それにあなた、仕事せずに四六時中出入りして! そのうち町長に叱られるわよ?!」


「大仕事が終わったんだから、いいだろそれくらい」


「ほら、猫にフラれたんだから帰る!」


 と、入口の方から物音。


「もう、貸し切りって札をかけてるのにどうしてこうも……!」


 フレディはぶつぶつ言いながら入口の方へ。


「何で貸し切りなの?」


 遠くから聞こえる声は……あたしにはすごく馴染みがあって、だからこそ血の気が引いた。


「町長のお願いなの。今日はおもてなししたいお客様がいらっしゃるって聞いてない?」


「聞いた」


「なら……」


「でもお客様と一緒にヴァチカが入ってった!」


 ああやっぱりあたしがいるから……!


「ヴァチカがいいならわたしだっていいでしょ?」


「ダメです」


 グランディール三女傑、その一人にここまで駄々をこねられるなんてまあ……。


 あの子、彼女たちに一度ならず叱られていて、反省も散々させられて、苦手意識を持ってもいそうなのにすぐにケロッとする肝の太さ。


 って、感心している場合じゃない!


 シエルとあの子が一緒についてきたら、きっととんでもないことになる!


 ここで引き離さなきゃ!


「フォンセ、そろそろ……」


「えー。もっとまみれるー」


 猫なんかあなたが望めばいくらでも集まるでしょ!


 あたしの思いを無視して、猫にまみれているフォンセ。


 ああもう、この精霊神はあ!


「ヴァーチカー」


 てってって、と入り口から入ってきたのは、……アナイナ。聖女なのにこの町切ってのトラブルメーカー。今一番会いたくないお騒がせ屋。


「ねー、前から言ってるけど、一体お客ってどんな人ー?」


 貸し切りだった猫の湯に勝手に入ってきたと思わせることもなく、アナイナは入ってきて、猫にまみれて幸せそうなフォンセに向き……。


「誰あんた」


 ああその誰って人はあなたのお兄さんの本体の対(ややこしい!)の精霊神なのよぉ! 怒らせないで!


「わたし? わたしはフォンセ」


 猫にまみれながらフォンセ自己紹介。

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