第470話・アナイナとフォンセ(ヴァチカ視点)

 当然、フォンセなら彼女の正体を知っている。


 彼女の対の光の精霊神様に仕える聖女……じゃなくなって、精霊神様から分かたれ、人間として生まれた存在……クレー・マークンに従う聖女にして妹、アナイナ・マークン。


 フォンセから見て彼女がどういう存在か分からない。


 あたしは幸いにして気に入られたようだけど、基本的には光に仕える存在はあんまり好きじゃないって言うのがフォンセの基本ポジション。光の精霊神様に捕らわれて聖地の守護に使われていたペテスタイの人たちは気に食わないけど気の毒には思うし手出しはしないわよと言っていた。


 じゃあ、アナイナは?


「あなた、お兄ちゃんの何なわけ?」


 いきなりそう来る?! やめて、グランディールが滅ぶ!


「お? 修羅場?」


 シエルが興味津々で起き上がるけど、あたしとスヴァーラはそれどころじゃない。


 どうしよ、どうしたらいい?


「アナイナ」


 鋭くフレディが言う。


「それが人に物を聞く態度? それを聞いた町長がどう考えると思う?」


「…………」


 言われて当然の言葉にしばらく不機嫌そうに頬を膨らませていたアナイナだけど、少し考えてからこう言い直した。


「……あなたは何者? どうやってお兄ちゃんと知り合ったの?」


「わたしは放浪者の一人」


 猫にまみれたまま、フォンセはにっこり笑った。


「そこにいるスヴァーラをちょっとした揉め事から助けてね。お礼をしたいって言うから、グランディールでもてなして欲しいって言ったらここを案内してもらってるだけ」


「えー? じゃあもしかして……甘い物もリクエストした?」


「だって、こういう機会でもないと食べられないじゃん」


「いーな、いーなー!」


 アナイナは頬を膨らませて手をぶんぶん。


「スラートキーのケーキなんて、わたしでも食べらんないのに!」


「うっふっふ、親切はしとくもんだわ」


 煽らないでフォンセ~!


「え? じゃあ前から町長たちが準備してたおもてなし相手ってこの子?」


 シエルも入ってこないで!


「うん。なのにヴァチカもラガッツォもマーリチクもわたしを仲間外れにしてさ。今日なんて三人とも朝から神殿にいないから、きっと今日だって思って神殿閉めて様子見に来たの。そしたら」


「ここに入ってくるのを見た、と」


 うん、と頷くアナイナ。


 シエルとアナイナの付き合いはかなり長いと聞いてる。だって、アナイナと町長がエアヴァクセンを追い出されて初めて出会った盗賊団の一人がシエルで、その盗賊団はグランディールの最初の町民になったから、事の始まりからの付き合いってことになるね。


 だから、シエルはアナイナの味方に付く。


「なんでアナイナ外したの?」


「そこまで聞き込む必要はないでしょう」


 割って入ってくれたのはフレディ。


「お兄さんとは言え、町長の邪魔をしちゃダメでしょう? アナイナ、あなた、何度それで町長を困らせたか忘れたの?」


 アナイナの顔色が変わった。


 アナイナはあたしたちが知らない昔にも色々やらかしていると聞いた覚えがある。そして三女傑に躾けてもらったと町長本人から聞いている。相当困らされたらしいんだよ、ね……。


「でも、わたし……っ」


「じゃあ一緒に行く?」


「フォンセっ?!」


 いきなりのフォンセの発言に、あたしとスヴァーラは顔色を変えた。


「ケーキ、わたし一人で全部食べるわけじゃなし。いいでしょ、ヴァチカ、スヴァーラ?」


「いいでしょ、じゃなくて……」


「そこの子とか鳥とか使って連絡してるじゃん。それで二人増えるーって連絡すればいいんじゃないの?」


 テイヒゥルがびくっとした。


「てか二人って」


「そこの人が当然のように自分を主張してるんだもん。入れないとよくないでしょ」


 シエルが自分自分と自己主張している。


「シエル!」


 フレディが叱っても、シエルは自分自分と自分の顔を指し続ける。


「二人増えても、大丈夫、よね?」


 フォンセはにっこり笑った。


 その笑みに闇の気配も責める気配も何もないのに、威圧だけがひたすらあたしたちに襲い来る。


 あ、やっぱこのヒト、人じゃないわ。人外の存在だわ。人と違う場所に立つ者だわ。


 思ったけど、今更遅い。


 はーっと溜息をつく。


 あたしは非常連絡用の紙に「シエルとアナイナ合流」とだけ書いて、テイヒゥルに渡した。


「これ、届けて」


 テイヒゥルは心配そうにあたしとスヴァーラとフォンセを見ていたけど、頷いてしなやかに身体を翻して会議堂に向けて走って行った。


「でも、もうちょっとここにいていいわよね? わたし、もうちょっとまみれたいの」


「くそっ、新人に愛しのファソラちゃんを奪われるなんてっ」


「んふふ~。ファソラちゃんの寵愛はわたしのも・の☆」


「そう言えばあなた、名前は?」


 ん? と寝転がった体勢からフォンセが視線をアナイナに向ける。


「私、あなたのこと何にも知らないのよ?」


「そっか。わたしはフォンセ。フォンセ・オプスキュリテ」


 にっこり笑ったフォンセ。


「ヨロシクね?」

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