第234話・司会進行・ぼく
(……ん?)
何か、背筋に冷たいものが走った気がして、思わず振り向いた。
いつもそこにいるはずのアパルとサージュはいない……し、他の誰かもいない。
アパルは遅れてきた賓客の案内、サージュは神殿内の大厨房に急ぎの注文をするために今ここを離れている。
あの二人がいない、と言う状況が少ないから、落ち着かないのかな?
いいや、あの二人に頼りっぱなしじゃダメだ。自分一人で何とか出来るようにならなければ。
でも、自分たちで何とかしようとして拉致暴行に及ばれたんだよなあ。あの時よりぼく、成長してるって言い切れるかなあ。
「クレー殿?」
声の方を向くと、ぼくの前方に座っていたフューラー町長が不思議そうにこっちを振り返っている。
「どうか?」
アッキピテル町長もザフト町長も不思議そうな顔でこちらを振り向いている。
「いや、失礼」
ぼくは穏やかな笑みを浮かべる。
「若輩者でして、この大舞台に緊張を感じているようです」
「無理もない」
アッキピテル町長が、厳しく見える顔に心配そうな表情を浮かべている。
「スピティの成人式でも、色々考えていらしたようだ。やはり「新しき町」最初の成人式は、我々の予想もつかぬほど緊張しても無理はない」
「だ、大丈夫、ですよ、クレー町長。あ貴方は、窮地におおお強い」
「皆さんの信頼を裏切らないよう、努力します」
笑顔で頷いて、そこである顔を思い出した。
「フューラー町長、スピーア君はどうしましたか?」
「グランディールの成人式を見たいと一般席に行っています」
「おや、一言くだされば」
「そういう訳にはいかないでしょう。彼がこの先スピティとグランディールどちらを選ぶかは彼自身の考えですが、仮にも町民になりたいと言った町のイベントに、コネを使って上席に座るような根性であれば、私が怒っていました」
……まあ、確かに。これから町の町民になりますでも今は上席座ってますいぇーいみたいなことを言う人だったら、いくら人が欲しくても協調性がないということでお断り申し上げている。
「宴会の終わった後、私が連れてまいりますので」
「分かりました。すみませんフューラー町長……」
「いいえ」
フューラー町長は笑顔で頷いて顔を戻す。
う~ん、フューラー町長のこういうとこで引っ掛かってたのかな? 普通、自分の町からある程度以上の強さのスキル持ちが出て行くのを喜ばないものなんだけどフューラー町長むしろ喜んでるっぽい?
フューラー町長は全般的に味方ってわけでもないんだよな。まだデレカートやトラトーレとだけ取り引きしてた頃は、グランディールの在処を突き止めるため賞金まで出していたって言うし。
……ここで敵味方は判断できないな。
もう少し時間を貰ってシーに分析してもらうか……。
他の町から来た新町民を鑑定するのはある程度以上の町では当たり前のこと。スピーア君もそれでひねくれたりはしないだろう。
あ~、アパルもサージュも早く帰ってこないかなあ。
自分一人の頭で考えると、大体ろくでもない所に辿り着いてしまうから。
「……ただいま戻りました」
小声にもう一度振り向くと、アパルがいた。サージュも通路を早足でやってくる。
ああよかった。やっぱりこの二人がいないと落ち着かないや。
スタッフ係の町民が拡声マイクを持ってやってくる。
広場の最上部に仕掛けられている時計が、開始時刻を告げている。
「皆様」
ぼくは一息ついて、そしてマイクに向かって声をあげた。
「これより、グランディール第一回成人式を執り行います」
この式典、ほとんどぼくが喋り続けになる。
なんせ、こういう司会進行が出来る人間が町にいなかったので。
スピティにはそういう人が三人ほどいて、交代で進行していた。いいなああれと思ってグランディールで調べてみたら、スキル持ちも司会進行したいって人もいなかった。それでも候補が数人いて、アパルとサージュが台本を書いて、何とかなるか、と思っていたらギリギリになって高ランクの町の町長が出てきたから緊張して無理、と言われて、無理だ自分たちで回すしかないという結果になり、アパルとサージュは色々な雑用があるので長時間喋っているのは無理。……つまりぼくしか残っていないという……。
はあ。
まあいっか、ぼくがはっきり見える上席には厄介な人はいない。一般席の厄介な人はグランディール町民たちが観察してくれているので、大丈夫、と信じよう。
人手の足りない町はしわ寄せが町長に来るから諦めろ、とサージュの御言葉。諦めてる。諦めてるけどね。それでもぼくも少しは楽がしたいのよ……!
小さく震えているミアストを巨体でグランディール町民から隠しつつ、モルも必死で自身を抑えていた。
あのガキがさっさとこちらに頭を下げれば、あそこで注目を浴びているのはこのおれなのに……!
その後ろで正装をまとったミアストが、胸を張って座っている。そうだ。そうなるはずなのに。
モルの影で、ミアストはイライラを爪を噛みながら淀みなく続く進行を睨みつけていた。
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