第227話・移転希望者、一人。

 式が終わって、会議堂からすぐ外の中央広場に出て宴会が始まった。


 この宴会は賓客の為と言うよりは町民の為で、新成人が出る度に宴会は行われる。仕事を忘れての息抜きで、新人の歓迎会でもある。家具系でいいスキルが出た新成人は商会やギルド、工房が集まって取り合いになる。


 それ以外にも、他の町からやってきた賓客……町長代理として訪れた他の町のスカウトマンが、自分の町に合いそうなスキルの持ち主をスカウトしに行く。


 レベル的に残留できるのに町を移動するのはこういうスカウトマンに声をかけられた人が圧倒的に多い。あと、町に不満を持っている成人町民を探して口説いて連れていく、と言うパターンもかなりある。


 自分のスキルが新天地で何処まで通用するかを試してみたいという人を探し当てて、自分の町に引っ張ってくる、町長代理と言う名のスカウトマンの腕前が試される場所だ。


 当然、主催している町長としては追い出したい。だけど、当然ながら自分の部下もこの時間何処かの町でスカウトしているから文句がつけられない。


 グランディールもこんなスカウトマンを派遣するべきだろうか。


 ……でもなあ、この場はスキルの良し悪しを見てスカウトする場所だ。スキルでは取らないというグランディールの町是が、ここで引っ掛かる。


 うん、こういう場のスカウトはうち向きじゃないな。来て欲しいとは思うけど、ぼくたちが声を出す場じゃない。例えるなら……。


「グランディール町長!」


 うん、こんな風にあっちから……って、え?


 真っ赤な顔をした少年が、目の前に立っている。


「君は、新成人の」


「スピーア・シュピオナージュです!」


 背筋をピンッと伸ばして答える、最年少の成人。目がキラキラしてる。


「町長」


 後ろからアパルの声。


 アパルに頷きかけて、ぼくはキラキラした目のスピーア君に向き直る。


「何の用だい?」


 薄い笑顔で言うと、スピーア君はガバッと頭を下げた。


「僕を、グランディール町民に加えてください!」


 ……はい?



 一瞬、頭が真っ白になった。


 うちに来るんですか? 一人で? たった一人で?


 今まで来た人は団体さんだったので、たった一人でグランディールに来る! と言うのは初めてだ。


 けどいいんですか? 隣に今の町長いるんですけど!


「おや? スピティは君にとって良い町ではなかったかな?」


「いえ、とんでもない! スピティは素晴らしい町で、僕も可能ならば残留したいと思っていました。……ですが」


 ぎゅっと拳を作ったスピーア君。


「会議堂を出る時、グリフォンとマルコキアスの像を見ました。スピティはグランディールに救われた……! グランディール町長が作ってくれたこの水路天井が出来た時の感激は今も胸にあります! 町長のおかげで、僕も両親も渇きに苦しむことなく乾季が過ごせた! だから……だから!」


 もう一度、腰を九十度に折り曲げるスピーア君。


「スピティからの恩返しになるよう頑張ります! ですから、僕をグランディールの一員にしてください!」


「なるほど、スピティを代表して……」


 フューラー町長が頷く。


「確かに、水路天井と言う大きな借りがグランディールにはありましたな」


 ぼくは微かに目を細めた。


「スピティ町長としては異存はありません。後はクレー町長が受け入れてくれるかどうかですが……」


「少々お時間をいただけますか?」


 柔らかく答えると、スピーア君は強張こわばった。


「ダメ、なんですか?」


「ダメ、と言うわけではありません」


 ぼくは真っ直ぐスピーア君の目を見ながら言う。


「ただ、これまでグランディールは団体の移民ばかりで、単独の移民は初めてなのです。また、当町も明日、町初めての成人式が迫っていまして」


「あ、そ、そうか、グランディールも大変なんですね」


「はい。成人式が終わってからもう一度お伺いしますので、成人式を見て、本当に自分が行きたいのがどちらかを再確認してください」


「はっ、はいっ!」


 スピーア君は頷いて、人ごみの中に去って行った。



町長クレー


 フューラー町長も去って、ちょっと人に酔ったような顔をして人のいない所に行ったぼくに、誰も居なくなったことを確認してアパルが声をかけてきた。


「ん?」


「どうして即答しなかったんだい?」


「んー」


 質のいいワインを舌先でちびちびやりながら、ぼくは首を傾げる。


「ぼくにも分からない」


「分からない?」


「ただ、即答は避けたほうがいいと思った」


「「まちづくり」のスキルかい? それとも」


「んー」


 スキルじゃ、ない。スキルじゃないけど。


「敢えて言うなら、勘?」


「勘?」


 うん、と頷くぼく。


「更に敢えて言うなら、町長の仮面をつけての勘、だね」


 多分、「まちづくり」のスキルで出来たんだろうけど、これを心の中でつけると、ぼくの考え方や言葉、態度は町長に相応しいものになる。時にはぼくの知らないような仕草や知識も持ってくる。


 そんな町長の仮面をつけての勘が、言ったのだ。


 ちょっと待てと。


 少し考えたほうがいいぞ、と。


「はっきりとした答えはなかったけど、町長の仮面がそんな勘を教えて来るなんて初めてで、だからぼくは少し待ったほうがいい、と思った。答えになってる?」


「……彼のスキルは確か「遠話」だったな。遠距離にいる相手と自在に話が出来る」


 さすがアパル、覚えてた。

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