第68話・町民の数

「誰も、クイネさんを見捨てるなんて言ってないよ」


 ポルティアは顔をあげた。目が見開かれている。


「ただ、彼を町に迎えるにはちょっと騒動が起こるだろうな、とは思っている」


 しゅん、とポルティアの肩が落ちる。


「町には食堂がないから、才能のある料理人は欲しい」


「町長……」


「言ったらまずいことだってのは分かっている。でも言わせてくれ。スキルだけがその人の才能じゃない。才能の一つではあるだろうけど、努力して身に着けた技術はスキル以上に素晴らしいものだと、ぼくは思う。陶器絵付けだけをやって生きていけるのに、料理を学び、覚え、それで生きていきたいと思う、それの何処が悪いのか。むしろ、スキル以外を才能と見做みなさず、本人の望みを無視して町の稼ぎを第一とする、ファヤンスが罰を受けるべきなんだ」


町長クレー!」


「ファヤンスに喧嘩を売る気か?」


 アパルの悲鳴交じりの声と、サージュの平坦な声。


「まさか」


 ぼくは町長の仮面をつけたままにっこりと微笑んだ。


「スカウトするだけだよ、片っ端からね」


「は?」



     ◇     ◇     ◇



 それから二日後。


 たくさんの鳥がグランディールからファヤンスへ向けて飛び立った。


「金の無駄遣いって言わないか?」


 鳥の影を目で追いながら、サージュが呆れたように言う。


「ぼくがいいって言ったらいいんだよ」


「そうなんだがな」


「あ、ごめん。面倒なことさせたの、怒ってる?」


「いいや?」


 サージュは首を横に振る。


「この町が町として認められるのに必要なのは町民で、普通の手段であればまず人間が集まらない。どこかの町から大規模にスカウトしない限り、Eランク以下、村クラスとして認識されてしまう。どんなにいい家具や陶器を作ってもな」


 だから、とサージュは続ける。


「強硬手段に移らなければならないと思っていたこのタイミングで、町長があんなことを言い出すとは思わなかったが……」


「ならいいでしょ」


「いいんだ、いいんだが」


 サージュは眉間のしわに人差し指を当てる。


「上手くいくかどうか試して見なきゃだけど、試す価値はあるでしょ?」


「そうだな」


 諦めたように溜息をつき、サージュは空を見た。


「上手く届くといいんだが」



 クイネは妙な夢を見て目覚めた。


 懐かしい友人の夢だ。食堂の親父になりたいという夢を真面目に聞いてくれた男の夢だ。


 あいつは今何をしているんだろう。スピティでフリーの門番なんて言う自由な仕事をしているあいつは。


 伸びをしてベッドから起きると、窓を開けて朝の空気を入れる。


 その時。


 空気を打つ翼の音。


 それが窓から入ってきて、クイネの頭を掠めてベッドに上に降りた。


「なんだ?」


 赤い色の鳥。


「伝令鳥?」


 鳴かない鳥は胸を張って首に括り付けられた封書を見せる。


 伝令鳥が来る理由なんて思いつかない。自分に手紙を送る……伝令鳥まで使って送ってくる人がいるとは思えない。


 誰だ?


 恐る恐る封筒を受け取り、裏の印を見る。


 見覚えのある、寝台と片眼鏡の紋。


「ポルティア?!」


 慌てて封筒を開く。


 「我が友クイネへ。」


 几帳面な共通語で書かれた手紙。


 「私のことを覚えているだろうか。ポルティア・ポーターだ。」


 忘れるはずがない。夢を笑わないで聞いてくれた男。


 「私は今、スピティを出て、新しい町で暮らしている。」


 スピティを、出た?


 スピティは歴史のあるSランクの町。そこで稼げる仕事をしていた男が町を移った理由……?


 「新しい町は色々分からないことだらけで、常識からも外れているが、私は満足している。それだけ素晴らしい町だと確信している。」


「……そうか、ポルティアは町を出たのか……」


 自分はこの町に縛られているのにな、と自嘲し、クイネは続きを読む。


 「ついては、この町に是非とも君を招待したい。」


 は?


 クイネの口が開いた。


 「町長に君のことを話したら、調理関係の技能を持った人間が誰も居ないので、君がやりたいと言っていた食堂を作って迎え入れるとのことだ。」


 この手紙は、間違いなくポルティアの物だ。


 町を出て食堂の親父をしたい。そんなことを話したのはポルティア以外誰も居ない。もし喋ってそれが広まれば、自分は雁字搦がんじがらめにこの町に縛られてしまう。町どころか家すら出られなくなってしまう可能性だってある。


 それを喋ったのはポルティアが信頼出来て且つファヤンスの町民ではなかったからだ。


 だからそれを知っているのはポルティアだけ。


 でも、ポルティアは本気でも、この町長は本気でそう思っているだろうか?


 自分のスキルは9000弱。レベルだけでも世界でトップクラスに入る。でも、自分のやりたいことと、町がしてほしいことは食い違っていた。町は自分に絵付けすることを強制した。高レベルスキルの義務だと言って。


 ポルティアから聞いたこの町長とやらも、自分のスキルを狙っているのではないか。


 期待二割、胡散臭うさんくささ八割で読み進める。


 「もし、町を出る気があるのなら。この伝令鳥でそのまま返信をくれ。出来るだけ急いで。私がクイネに伝令鳥を送ったことを町の人間に知られたら、私の町も危ない目に遭う。」


 はっと気づいた。


 9000レベルの自分のスキル。もし自分がいなくなれば、この町は困る。大変に。その自分を引き抜こうというのか? 食堂の親父になるって夢を叶えさせて?


 まさか。


 まさか、な。


 しかし、クイネの手はペンを取っていた。


 「もし出られるものなら、出たい。出られれば」


 そのまま同じ封筒にしまって、蝋を垂らし、自分のペンを意匠した紋を押して伝令鳥に括り付ける。


「行ってくれ」


 伝令鳥は喉を反らして飛び立った。


 そんな光景が、町のあちこちで見られたのを、鳥を見送らず窓を閉めたクイネは見ていなかった。


 ただ、わずかで……微かな希望を、鳥に託した。

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